他産業の賃上げに追いつかず、格差がさらに拡大
医療・介護業界、「カスハラ」対策も課題

医療・介護の現場は人手不足が深刻化する中で、すでに働き手はもちろん、利用者へのサービスにも影響が出始めている。両業界の現場を知る産業別労働組合の担当者に、質を確保しながら、医療・介護サービスを将来にわたって提供し続けるためには何が必要かを話し合ってもらった。
出席者(登場順)
山﨑 茂治 UAゼンセン 総合サービス部門 医療・介護・福祉部会事務局長
門﨑 正樹 自治労 社会福祉評議会 事務局長
平山 春樹 自治労 衛生医療局長
田中 清貴 情報労連 中央執行委員
関根 康雄 ヘルスケア労協 事務局次長
【進行】佐保 昌一 連合 総合政策推進局長
人材流出が悪循環生む 業務と責任に追いつかない賃金
佐保:医療・介護は利用者・家族の命と生活、幸福を守る大切な仕事ですが、採用難や離職が深刻化しています。それぞれの業界を取り巻く状況をお聞かせください。
山﨑(敬称略、以下同じ):独居の高齢者や、働きながら介護を担う「ビジネスケアラー」が増える中、本人と家族を支える介護職の重要性はますます高まっています。介護職の人たちも、利用者・家族のお礼の言葉や笑顔にやりがいを見出しながら、懸命にニーズに応えようとしています。しかし近年、他産業の大幅賃上げで格差が拡大したことなどから、人材流出が加速しています。このため残った人の業務負担が重くなり、利用者に寄り添う余裕が失われてやりがいも低下するという悪循環が起きています。
平山:医療従事者はコロナ禍や災害時にも、厳しい環境の中で地域医療を支えています。また民間の医療機関では採算の取りづらい政策医療の領域やへき地の医療も担っており、働き手は民の力が届きづらい部分でも、人々の日常生活と尊厳を支えているという自負を持って仕事をしています。
しかし昨年11月~今年1月に実施したアンケート調査では、医療従事者約1万人の77%、特に看護師では84%が「仕事を辞めたいと思う時がある」と答えました。理由は業務の多忙さがトップで、2位が賃金への不満でした。
多くの病院で経営が悪化し、賃上げ原資の確保が難しくなっています。診療報酬改定で処遇改善のための評価料も設けられましたが、他産業に比べると上げ幅が小さく、組合員の多くが業務と責任の重さに賃金が見合っていないと感じています。

医療・介護・福祉部会事務局長

「公定価格」で賃上げに限界 医療機関も経営悪化
佐保:賃金が上がらない要因は、どこにあるのでしょうか。
門﨑:介護現場の賃金は、介護職の心の広さによって、ようやく成り立っているレベルです。しかし介護報酬は公定価格で、財源が限られる中、賃上げにも限界があります。賃金を仕事に見合う水準へと引き上げるには、財源を増やすことも検討する必要があるのではないでしょうか。日本の社会保障制度は世界的に見ても「中福祉・低負担」の国と言われますが、このままの制度で持続可能性を維持できるのか、社会として考える必要もあると感じています。
田中:医療も介護も業務と賃金が見合わない点は共通しています。医療機関では経営悪化のため、9割の病床が稼働しているのに賃上げできず、一時金で賄うケースもあります。
また看護師からは、手厚い配置への見直しを求める声も上がっています。急性期で医療・看護の必要性が比較的低い病棟では、患者と看護師の割合は「10対1」と定められています。しかしこうした病棟でもしばしばICU並みの治療が行われ、同時に高齢者の転倒や点滴チューブの引き抜き、徘徊なども起きている。これでは患者の安全を担保するのは難しくなってしまいます。


関根:組合員の多くはコロナ禍の間、必死で医療・介護体制を守ってきました。しかしコロナが終息しても、他産業に比べて賃金が思うように上がらず、努力が報われないまま、世間から忘れられてしまったという割り切れなさを感じています。若者と中堅は耐えきれずに離職し、ベテランの頑張りが何とか現場を支えているのが実状です。
医療現場では、夜勤があるきつい仕事だというイメージから、看護学校に入る若者も減っています。こうした中でヘルスケア労協としては、労働環境と処遇の改善を通じて、まずは既存の医療人材の離職に歯止めを掛けようとしています。

山﨑:中小の介護事業所は、賃金水準が低いため人も採用できず、省力化技術に投資する資金もありません。介護補助者を雇い入れて専門職の負担を軽くしようとしても、最低賃金に近い水準では人が集まらない。このため職員の長時間労働や不払い残業が深刻化し、特に施設長など管理者は、長時間の残業を強いられる上に残業代もつかないケースがあります。彼ら彼女らも組合員ですが、声を上げると降格される恐れがあるため、労使交渉のテーブルにも載せづらいのです。
カスハラが離職招く 利用者のモラルも課題
佐保:利用者や家族による「カスタマー・ハラスメント(カスハラ)」も問題となっています。現場の声や、必要な対策を教えてください。
山﨑:昨年UAゼンセンとヘルスケア労協と共同で調査した結果、職員がカスハラに遭っていても何の対策も講じないなど、事業者側の意識の低さが浮き彫りになりました。カスハラは認知症や精神疾患に起因する場合もありますが、「病気だから仕方ない」と働き手を泣き寝入りさせたままでは、業界として働く魅力も低下してしまいます。厚労省の介護事業者向けのマニュアルも周知されたとは言えず、引き続き情報を発信する必要もあります。

平山:先ほどご紹介したアンケート調査ではカスハラについても聞いており、過去1年でカスハラを常時、あるいは時々受けている医療従事者は計26%に上りました。この業界は職員の女性比率が高いため、暴力とセクハラが多いのも特徴です。また公立病院の場合、加害者でも住民の利用を拒否しづらいのも悩ましいところです。
アンケートでは被害者の9割近くが離職したいと答えており、カスハラ対策は離職防止のためにも非常に重要です。SNSで名前を公開されないようフルネームの名札を廃止する、電話を録音し防犯カメラを設置する、啓発ポスターを貼るといった取り組みも始まっています。自治労としても好事例を共有するほか、安全衛生委員会を通じた労使での対策を、各単組に促しています。


自治労「地域医療セミナー」(2025年2月22日開催)
関根:人手不足もカスハラの要因のひとつです。例えば看護師が忙しくて入力作業などに追われ、患者さんへの応対が遅れたり言葉足らずになったりして、結果的に怒らせてしまうのです。カスハラを防ぐためにも、人材確保は不可欠と言えます。
田中:ハラスメントではないですが、タクシー代わりに救急車を呼ぶ、空いているからと夜間に救急外来を受診するといった利用者のモラルも、医療現場を悩ませています。こうした行為は重傷者の命を危険にさらすことになりかねず、組合員から夜間受診を抑制するため割り増し料金を請求すべきではないか、といった意見もありました。
持続的に賃上げできる環境へ 構造から変える
佐保:処遇と労働環境改善に向けた今後の課題や対策、政府、連合に対する要望などを聞かせてください。
門﨑:自治労の部会などの場を通じて組合員から課題を吸い上げ、厚労省へ現場の声を伝えていますが、将来の介護のあるべき姿を議論することが、今後必要ではないかと考えます。社会が「コストは負担したくないがサービスはほしい」という考え方では、持続的な医療・介護体制は成り立ちません。連合には社会保障財源について、保険料や税についてもタブーを設けず議論するよう政策決定などの場で呼びかけてほしいです。

(2024年10月26日開催)

関根:人事院が、国家公務員の給与を月平均1万1183円(2.76%)引き上げると勧告しましたが、医療現場は「ゼロ回答」すらあり、世間並みの目安である人事院勧告に全く追いついていません。医療従事者は組合を作るという意識が薄いことが悩みではありますが、今後も地道に組織化に取り組んでいきます。同時にこれからは連合や他産別と協働して、実態把握や政策提言などにも積極的に取り組み、政治と社会を動かす道筋をつけたいとも考えています。
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田中:医療・介護の担い手がいなければ、利用者も質の高いサービスを受けられなくなってしまいます。連合と政府には、人材確保には財源を含めた対策が必要だという社会的なコンセンサス作りをしてほしいですし、利用者にモラルを持って行動してもらうことにも取り組んでいただければと思います。
平山:人口減少と物価高騰の中、地域に質の高い医療を提供するには、持続的な賃上げが可能になるよう賃金構造を作り替える必要があります。構造改革には時間が掛かるので、連合にはなるべく早く議論を始めるよう、政府やステークホルダーに呼びかけて頂きたいです。自治労も引き続き、調査データや現場の生の声を政府や各政党へ伝え、政治の場での課題解決にも取り組んでいきます。
山﨑:若い世代も介護で仕事を続けるのが難しくなるリスクはあり、介護保険制度も社会全体で支える仕組みにするべきだと思います。また今回の介護報酬改定で、訪問介護の基本報酬が引き下げられましたが、地方には報酬が下がると経営が行き詰ってしまう中小事業者も多く、2024年の介護事業者の倒産件数は過去最高を記録しました。連合には政府にこうした実態をしっかりと伝えてほしいです。
佐保:連合も利用者と家族が医療・介護難民にならないよう、人材確保に向けて必要な賃上げを含めた処遇改善の推進を政府に訴えていきます。本日はありがとうございました。


(執筆:有馬知子)