選挙ドットコム「イチニ株式会社」の高畑卓代表取締役に聞く!
「石丸現象」はなぜ起きたの?
SNSの効果的な使い方と注意点は?
8月14日に岸田前首相が総裁選不出馬を表明して以降、政治情勢はめまぐるしく動いてきた。9月12日告示の自民党総裁選には過去最多となる9人が立候補。同時期に行われた立憲民主党の代表選には4人が立候補し、9月24日、野田佳彦元首相が新代表に。その3日後の9月27日実施の自民党総裁選では、決戦投票を経て石破茂元幹事長が新総裁に。早期解散には慎重と見られていた石破新総裁は、10月1日の内閣総理大臣指名を前に「10月9日衆院解散/10月27日投開票」という日程を発表。10月15日公示で総選挙が行われることになった。
戦後最短のスピードで展開した解散総選挙を受けて、RENGO ONLINEでは、緊急特集を企画。第2回のテーマは、解禁から11年となる「インターネット選挙」。実際の選挙戦でSNSなどによる情報発信の比重が高まる中、労働組合はそれにどう向き合い、どう活用すればよいのか。有権者として知っておくべき注意点は何か。
国内最大級の選挙メディア「選挙ドットコム」やYouTubeチャンネル「選挙ドットコムちゃんねる」を運営するイチニ株式会社の高畑卓代表取締役にアドバイスをお願いした。
高畑 卓(たかはた すぐる)イチニ株式会社代表取締役
インターネット黎明期からWeb制作事業・Webコンサルティング事業に取り組み、2005年に株式会社ジェイコスを設立。以来800社を超える企業のWebマーケティングに従事。2009年より政治家のネットマーケティングを支援する事業を始め、数多くの政治家をサポート。2015年にイチニ株式会社を設立し、選挙メディア「選挙ドットコム」、YouTubeチャンネル「選挙ドットコムちゃんねる」の運営のほか、政治家と有権者をつなぐ様々な活動や行政・メディア向けサービスの展開を行っている。著書に『Webサイトを劇的に生まれ変わらせる方法』(ぱる出版 )など。
若い世代の投票率アップに貢献したい
—選挙に関わるきっかけは?
2009年、インターネットのコンサルタント業をしていた時、地元の行きつけの居酒屋にカウンターで寂しそうに飲んでいる男性がいたんです。あまりにもつらそうで「どうしたんですか?」と声をかけたら、市長選挙に落選した直後の元県議会議員でした。そのまま一緒に飲み始めたら「なんで若い人は選挙に興味を持たないんだろう。 投票に行かないんでしょうね…」って話になりました。私が「若い人は新聞なんか読まないし、テレビだって忙しくて観るヒマがない。今は、みんなネットですよ」と言ったら、「ネットに詳しいなら、教えてください」と…。そんなご縁でネット活用のアドバイスをすることになりました。私は、政治や選挙には特に興味はなかったんですが、こんな真面目な政治家がいるなら投票率アップに貢献したいと思ったんです。
4年後の2013年、再び市長選挙に挑戦するという彼の選挙をサポートいたしました。ネット選挙が解禁されるというタイミングでしたから、「お役に立てるのではないか」と。
公職選挙法や政治資金規正法などを徹底的に勉強したうえで、持てる力を駆使して効果的な動画作成や配信を行い、検索上位に上げる仕掛けも組み込みました。
そして、迎えた投開票日。本命は、自民・公明・民主の推薦を受けた候補で、選対本部長は超大物国会議員。私が支援を決めた候補は無所属で、勝ち目はなく、マスコミも本命の選挙事務所前で待機していました。
ところが、開票が始まってまもなくこちらに「当確」が出た。マスコミから「カメラが向かうので万歳は待ってください」と電話がきて、本当に当選したんだと…。
大逆転の原動力の一つとして、私が手がけたネット選挙も注目され、全国から「選挙を手伝ってほしい」という電話が鳴り響きました。投票率アップにつながればと、党派を問わず引き受けましたが、そんな怒濤の日々を過ごす中で、ふと思ったんです。個々の政治家のお手伝いだけでは何かが足りない、有権者側にわかりやすく選挙情報を提供するメディアが必要ではないかと…。
メディアシフトが起きている
—それで選挙ドットコムを…。
はい、2015年に「選挙ドットコム」を立ち上げました。イメージはグルメサイト。知らない町で食事をする時、「食べログ」や「ぐるなび」にアクセスしますよね。でも、政治の世界には、そんな便利なサイトはなかった。
有権者は、地元の政治家をよく知らない。しかも、選挙期間に入ると、候補者情報を得るのがより難しくなる。選挙広報や政見放送の情報は一方的でばらつきがあるし、マスコミは、「政治的公平に十分配慮する」「各政党・候補者の取り扱いは平等にする」という放送法などの規制があって、通り一辺の報道しかできない。有権者が候補者を選ぶための情報を得るのは、本当に困難な状況だったんです。
しかし、インターネットには、特に規制はありません。これは、ある種のビジネスチャンスだと考え、選挙に特化した新しいメディア「選挙ドットコム」を開設し、政治家の発信をサポートする事業も立ち上げました。
無料の基本サービスがあり、そのうえで有料のオプションが選択できて、ネット献金システムやターゲティング広告のサポートなどのメニューも提供しています。
候補者の基本情報だけでなく、その候補者がどんな問題意識や考えを持っているのか、これまでどんな発言をしてきたのかを、わかりやすく有権者に伝えたいという思いでこの10年運営してきました。現在の利用者は年間約2,500万人、国内最大級の選挙メディアに育ちました。
有権者に実際にどうやって投票する候補を決めているのかを聞くと、一番多いのは「当日投票所前のポスターを見て決める」。選挙ドットコムも投票日当日朝のアクセスが一番多い。みんな忙しいからこそ、選挙ドットコムの記事やブログ、今は手軽に観られるショート動画の影響力が高まっているんです。
従来の政治に対するカウンター
—今年7月の東京都知事選挙では、組織力も資金力も持たない石丸伸二候補が165万票を獲得して2位に。いわゆる「石丸現象」をどう見ますか?
石丸候補は、安芸高田市の市長を辞して東京都知事選挙に立候補しました。テレビは蓮舫候補と小池百合子候補の「女傑対決」を連日報じましたが、その間隙をつくように石丸候補は無党派層をターゲットに選挙戦を展開。結果、蓮舫候補は苦戦を強いられ、小池知事は自民・公明・都民ファのコア票を守り抜いて当選を果たしました。
無党派層はなぜ石丸候補を支持したのか。前提は、メディアシフトが起きていて、YouTubeなどのSNSが票になるということ。JX通信社の調査によれば、主に利用するメディア別の投票先1位は、新聞が蓮舫候補、テレビが小池候補、YouTubeはダントツで石丸候補という結果でした。情報源が多様化し、同じ屋根の下に暮らす家族であっても世代によって観ているものが全然違う。若い世代にとってYouTubeチャンネルは地上波のキー局と同じくらい影響力がある。そして、そのYouTubeをジャックしたのが石丸候補だったということなんです。
そのうえで、彼のメッセージは多くの無党派層に刺さりました。個別の政策よりも従来の政治に対する不信、特に政治家やメディアの在り方はおかしいと。そして、それを放置している有権者の問題意識を変えるよう訴えたことが多くの有権者に響いたんだと思います。このメッセージを増幅させるのに、ネットメディアの特性を存分に活用していると感じます。ちなみに、彼はネット献金システムで2億8,500万円もの選挙資金を集めています。
同様の現象は2022年の参議院選挙でも起きました。芸能人の暴露ネタを配信するユーチューバ−のガーシー候補(N党)が、リアルな選挙運動なしに比例全国区で当選。いわゆる「良識」ある有権者からすれば不可解ですが、「政治家なんて、、、」と感じている一定の層から支持を集めた。そういう社会の構図があることも理解しておくべきでしょう。
ターゲットの特性を把握した発信を
—「エコーチェンバー」現象や「フィルターバブル」については?
「エコーチェンバー」とは、自分と似た興味関心を持つユーザーが集まる場で特定の意見や思想が増幅し、それが正しいと信じ込んでしまう現象。「フィルターバブル」とは、検索サイトのアルゴリズムが利用者個人の見たくない情報を遮断し、結果として見たい情報が優先的に表示され、自身の考え方や価値観の「バブル」の中に孤立するという情報環境をさしますが、確かにネットを利用すればするほど情報が偏るという問題は起きています。
ただ、若い人たちは、そういう仕組みを理解したうえでネットを利用している。動画ばかり観ていないで新聞も読めと言いたくなるでしょうが、若い世代の情報源はすでにネット動画。リテラシーを高めていくしかないのだと思います。
—ネット選挙で大事なことは?
ツールは多様化しています。選挙区内に5つの駅があったら、全部回りますよね。ネット選挙でも、X、Facebook、Instagram、YouTube TikTokなど、特徴的な駅があります。それぞれのツールの利用者の特性を把握して集中的に発信していくことが重要です。
10万人と握手するには相当の時間がかかるけれども、10万人に動画を見てもらうことは一瞬でできる。そこがネット選挙の強みなんです。ただし、それだけで票が集まるわけではありません。石丸候補は街頭演説も精力的にこなし、「動画で観た本人に直接会える」という相乗効果でどんどん人が集まるようになりました。
様々な選挙をお手伝いしてきましたが、多くの政治家はネット選挙の何たるかを知りません。これからはSNSだといってXやFacebookを始めるんですが、「今日は○○で街頭演説をしました」という報告が投稿されるだけ。街頭演説に行けなくてSNSにアクセスした人が知りたいのは、その候補者が、今、何を問題だと考えていて、それをどう解決しようとしているのか。それをしっかり伝えなければ、フォロワーは増えません。
「炎上」を恐れて、当たり障りのない投稿になるという声も聞きます。でも、SNSって結構リカバーが効くんです。
石丸さんの言葉はよく批判的に取り上げられますが、彼は、毎週YouTubeライブを配信していて、「僕だって本当は仲よくやりたいんですよ」とか「本気で当選をめざしていたのに、2位でよかったなんて言われたら怒りますよ」とか、切り取られた言葉の裏側を語る。そうすると、批判的だった人も「そうだったのか」と納得してファンになってしまう。一部の発言で終わらず、その後のコミュニケーションでカバーしているんですよね。
—ネット選挙で発信すべき政策テーマは?
多くの人に刺さる共通のテーマはすでにないと思った方がいいでしょう。
アメリカの大統領選挙では、ネット広告動画に巨額の資金がつぎ込まれています。個々の有権者に関する情報を分析し、関心や行動パターンを把握して効果的な戦略を構築する「マイクロターゲティング」という手法で、数百万ものパターンの動画が製作されているからです。年齢、性別、職業、所得、家族構成などによって関心のある政策テーマは違う。何種類もの印刷物を制作するのは困難だからこそ、ネットではそれぞれに的確に届くメッセージを発信する必要があるんです。
—労働組合にアドバイスを。
選挙運動において、労働組合のような組織があることは依然として大きな強みです。そして組織の力を最大限発揮していくには、組織のトップや政治家が、組織の中にいる個人(組合員)一人ひとりに目を向けて、その声を聴き、それぞれが共感できるメッセージを届けることが重要なんです。それができれば、労働組合という組織は、一体感をもって動き出すことができるし、選挙運動を通じて働く人たちの心に届く呼びかけができるはずです。