身近な労働組合への道 Vol.2

FKTUのニューメディア広報戦略 
時代は急速に変化している!
「人」を真ん中に「人」に共感できるコンテンツを

FKTUのYouTubeチャンネルをみると、プロモーション動画のほか、ドラマ仕立ての「人生を旅する労働エッセイ」、突撃インタビュー風の「卵黄(ノルンザ)シリーズ(卵黄:同音語で『仕事人間』の意)」、オリジナルの「ダンス動画」など豊富なラインナップが並び、サクッとみられる「ショート」版も充実。教育・広報本部で、このニューメディア(動画配信)部門の制作指揮をとるのが、ファン・ヒギョン部長だ。4月下旬、3年ぶりに開催された「連合、韓国労総定期協議」の代表団の一員として来日すると聞いて、対面でのインタビューをお願いした。
(季刊RENGO2024年夏号転載)

Hwang Heekyung ファン・ヒギョン
韓国労総(FKTU) 教育・広報本部部長

韓国労働組合総連盟(韓国労総)
Federation of Korean Trade Unions(FKTU)

1946年、前身である韓国独立促進労働連盟(KLFIP)結成。1961年5月、軍事クーデターにより労働組合が解散させられる。同年8月、労働組合全国組織が再編され、16産別による韓国労働組合総連盟(FKTU)が結成されるが、1987年の韓国民主化まで活動を制限される状況が続いた。現在、交通・運輸、金属、化学、金融などの25産業別組織が加盟。組合員数は約140万人で韓国最大のナショナルセンター。
WEBサイト http://www.fktu.or.kr
YouTubeチャンネル https://www.youtube.com/@inochong

―FKTUでニューメディア(動画配信)を担当することになったきっかけは?
テレビ局のプロデューサーとして、番組の制作やマーケティングを担当していました。FKTUの教育・広報本部の「ニューメディア担当」に転身したのは、2017年。韓国でもデジタル化が急速に進んで、動画コンテンツの投稿が拡大していました。FKTUは、発信力を高めるために独自の動画コンテンツの企画制作・配信を始めたいと考え、従来のメディア部門、WEBサイト部門に加えて、ニューメディア部門を新設し、私はその担当者として採用されたんです。

―労働運動については以前から関心があったのでしょうか。
7年前、私は労働運動について何も知りませんでした。「動画配信」と無縁だった労働組合の人たちと、「労働組合」とはどのような組織か全く分からない私が出会って、「お互いを知る」ところからスタートしましたが、これはある意味ラッキーでした。私にとって、「働くこと」について考え、労働組合の役割や存在意義を学ぶことは楽しく、これを伝えたい、あれも伝えたいといろいろなアイデアが浮かびました。FKTUは、そんな私を信頼して任せてくれました。

―YouTubeチャンネルのコンテンツは、どれもクオリティが高い。ファン部長が自身でプロデュースされているんでしょうか。
広報関係の事業は、プロに外注したほうがいいという考え方もあります。ただ、外注したコンテンツは、身体に合わない既製服に自分の身体を無理やり合わせるような感じで、私にはあまり着心地がよくなかったのです。たとえ映像の質が落ちるとしても、やはり自分自身の手で企画・制作したいと思いました。FKTUがどんな理念を持ち、どんな社会をめざしているのかを、より伝わる形で反映させることが私にはできると考えたからです。脚本や撮影など必要なところはプロの手も借りますが、プロデュースは私が担当します。費用の面でも節約できています。

―プレゼン資料のタイトルは「おじいちゃんおばあちゃんもApple PayでショッピングしてYouTubeを見ながら料理する時代」。これに込めた思いとは?
タイトル決定に数日悩みました。連合と意見交換するにあたって、広報担当者として「共有」したいことを、そこに込めたいと思ったからです。
私が言いたいのは、時代が急速に変化しているということです。この時代認識こそが、ニューメディア広報戦略の出発点です。
最新のプロモーション動画では、最初に「労働組合とは労働者と社会をつなぐプラットフォーム」というキャッチフレーズを掲げましたが、実際の労働組合のイメージはどうなのか。Google・NAVER・Daumという、3つの検索サイトを使ってリサーチしたところ、肯定的なイメージは、合理的、期待、安全など。否定的なイメージは、怖い、保守的、対立的、陳腐な、反政府など。重複もありますが、否定的イメージが8割近くを占めました。
「FKTU」についてもリサーチしましたが、こちらも否定的なイメージが多数でした。委員長はショックを受けていましたが、「これが現実であることを認識する必要がある」と思い、そのまま結果を伝えました(笑)。

―連合も「イメージ調査」を実施しましたが、「保守的」「伝統的」が上位にきました。実際には様々な活動をしているのに、どうしてそういうイメージを持たれてしまうのでしょうか。
そこが大事なポイントです。どうして否定的なイメージを持たれているのか。
原因の1つは、一般のメディアでの一面的な報道にあると思います。例えば、FKTUが休日に道路を封鎖して集会を開催する。メディアは、それを「迷惑行為」であるかのように報道する。集会は働く人たちにとって重要な要求実現のための行動なのに、そのことが伝わっていない。そんな積み重ねが労働組合への否定的なイメージにつながっているのです。

―そうであるならば、労働組合の行動の意味を伝える広報の役割は重要ですね。
そうなんです。場面を切り取って報道するメディアとたたかいながら、FKTUの活動を多くの人に知ってもらえるような広報活動を行い、「身近で親しみやすいFKTU」に向けイメージアップをはかることが必要です。  
そのために重視すべきツールは何か。「デジタルライフ」調査で、隙間時間に何をしているかを聞いたところ、「携帯で動画をみている」という回答が男女ともに全世代で1位。よくみるのは1分以内のショート、よく使うプラットフォームはYouTube・NAVERでした。この結果から、FKTUでは、ニューメディア部門を設置し、コンテンツの自主制作に取り組んできたのです。

―YouTubeチャンネルには様々なコンテンツがアップされています。
2018年にポッドキャスト配信を始めましたが、それが評価されて賞をいただきました。2019年には、ニューメディアへの関心を高めるために第1回「労働文化公募展」を開催。毎年、労働に関する動画を公募し、優勝者を表彰しています。
YouTubeチャンネル事業を本格的にスタートさせたのは2020年です。人気があるのは、コメディアンでユーチューバーのシン・フンジェさん、報道記者で『プレシアン』の編集局長であるホ・ファンジュさんがナビゲーターを務める「ノルンザシリーズ」。これは、「卵の黄身」と「仕事人間」が韓国語で同じ「ノルンザ」と発音されることから付けたタイトルです。「出張編」では、仁川国際空港や研究開発都市パンギョなどに出張して、そこで働く様々な職業の人のインタビュー。バラエティ風の作りながら、「働く」ことで直面する問題がその言葉から浮かび上がって共感を得ています。
「労働エッセイ」は、2022年にスタートした新しいコンテンツ。人生を旅するドキュメンタリーというコンセプトで、実際に働く人に話を聞いてシナリオを作成し、演技経験のある人をキャストにドラマ仕立てで撮影しています。
労働組合の役員は、若者の参加率が低いことをどう思っているのか。小学校の教員は安い賃金で長時間労働や感情労働※を強いられていることをどう思っているのか。
じっくり話を聞いていくと人生とは何かが見えてきます。多くの人が共感できる言葉が溢れ出てきます。取材を受けてくれた人は、「こういう機会がなければ、自分の経験や言葉が共感されるものだと気づかないまま生きていただろう」と言ってくれます。

※感情労働:「肉体労働」「頭脳労働」と並ぶ労働のカテゴライズの1つで、感情の抑制、緊張、忍耐といったコントロールが必要とされる労働のこと。

「人生を旅する労働エッセイ」最低賃金カフェバイト編
女子大生が、ケーキを抱えながら「これはケーキではありません。私の3時間分の時給」と語る短い言葉から、彼女が最低賃金で働いていること、その水準の低さが問題として浮かび上がってくる。

―コンテンツの評価は?
基本は再生回数ですが、メディアに取り上げられたり、政府の政策に影響を与えることも重要です。また、視聴者からのフィードバックも重視しています。
反響が大きかったのは、「バスの運転士はいつトイレに行くの?」という「共感型コンテンツ」シリーズ。市バスのストライキを控えていましたが、それは乗客にとっては困った話であり、メディアの報道だけでは、労働組合に否定的なイメージが広がってしまう。そこで、「なぜ、ストライキをしなければいけないのか」、その背景にある問題を知ってもらいたくて制作しました。
最初に「バスの運転士はいつトイレに行くんですか?」という質問を投げかけ、女性運転士に「女性の場合はどうなっているの?」と聞く。そうすると運転士の過酷な労働環境が浮かび上がり、安全で安定した運行のためにその改善を求めていることが理解されます。乗客の立場から「不便に感じること」も取り上げました。
このシリーズには、「私のお父さんもバスの運転士です!」「紹介されていたバスを街で見かけました」など視聴者からたくさんのコメントが書き込まれました。楽しそうにバスの仕事を語っていたこの女性運転士には、車内でサインを求められるほど反響があったそうです。書き込みには、厳しい意見もありますが、悪意のあるコメントはほとんどありません。

―コンテンツ制作にあたって大事にされていることは?
広報活動のメインテーマは、人間のくらしや生活です。労働組合がなぜストライキをするのかという問題も、突き詰めればそこの真ん中に「人」がいる。その「人」の話に共感できるコンテンツを提供していくことが大事だと思ってやってきました。
「言葉の表現」も大事です。それは、その人が考えていることそのものだからです。
若い世代の「言葉の表現」が分からないということは、若い世代が何を考えているのか分からないということ。コミュニケーションをとりたいなら、それぞれの世代の「言葉の表現」や使用する媒体に敏感になる必要があります。たくさんの言葉が行き交う中で、記憶に残るのは、自分につながると思えた言葉だけだからです。
そういう観点から、動画には本部の役員だけでなく、「一般の組合員」をたくさん登場させてきました。出演をお願いすると最初は辞退しようとします。でも、撮影後、口を揃えて「自分の思っていることを、言葉にして発信する場が与えられて良かった。今までどこにも話す場所がなかった」と言ってくれるんです。
また、韓国は日本よりデジタル化が進んでいますが、FKTUではFAXや紙の冊子などのコミュニケーションツールも維持しています。ツールの選択肢を増やしていくというスタンスが重要だと思うからです。
どんなにいいコンテンツを作っても届かないと意味がない。情報の発信や拡散の方法は、私たちにとっても大きな課題です。

―ファン部長の熱意ある広報活動の原動力は?
撮影に協力してくれた記者が、こんな言葉をくれました。
「FKTUの広報活動のために大変な撮影をお願いしてごめんなさい」と言ったら、彼は「そんなことありません。『労働の話』は、私たちノルンザシリーズのチームにしかできない。だから協力します」。くじけそうになった時、彼の言葉を思い出して自分で自分を励ましています。

―連合へのアドバイスを。
ニューメディア広報は、どういう立ち位置で何をターゲットにするかがいちばん重要です。そのキーワードを探すためにこんな方法もお勧めです。
その場に集まった人に10秒以内に連合について思いつく言葉を出してもらう。それを集めていくと多くの人の心に届く言葉が見つかるはずです。どんなコンテンツが反響を呼ぶかは予測不可能な時代。できるところからチャレンジしてみてください。

―ありがとうございました。