今どきネタ、時々昔話 第2回セクハラ許すまじ
昨年の秋ドラマで話題をさらった『silent』(フジテレビ)。若い男女の揺れる思いをていねいに描いて共感を呼び、聖地(ロケ地)巡りもブームになった。
ドラマは世相を映す。新ドラマの初回はなるべく観るようにしてきたが、最近は1話完結の刑事ドラマなどを好むようになり、恋愛系ドラマは途中で離脱しがちに。『silent』は配信終了間際に、娘から「絶対観たほうがいいよ」と急かされてやっと観たのだが、本当に観て良かった! 地に足着いた今どきの若い人たちの姿がいとおしく、画面に釘付けになった。
視聴された方も多いと思うが、主人公は青羽紬(川口春奈)。高校3年の時、同じクラスになった佐倉想(目黒蓮)と音楽を通じて心を通わせ、つき合い始める。しかし、大学に進学してすぐ、想から一方的に別れを告げられ連絡も取れなくなる。その後、8年という時が過ぎ、紬は東京のCDショップで働き、想の友人でもあった幼なじみの戸川湊斗(鈴鹿央士)とつき合っている。そんなある日、紬は駅で想を偶然見かけるが、声をかけても振り向かない。のちに想は「若年発症型両側性感音難聴」で聴力を失っていたことを知り、紬は手話を習い始めるというストーリー。
●「会社の女の人に挨拶で身体触ることとかある?」
私が衝撃を受けたのは、紬が湊斗とつき合うことになったいきさつが描かれた第3話だ。2人が再会したのは、社会人になってからの高校の同窓会。
紬は二次会の誘いを断り、ひとりファミレスでノートパソコンを開く。そこに湊斗が現れる。疲れた表情の紬に湊斗が「仕事楽しい?」と聞くと、「仕事楽しくないよ。楽しくなくていいんだよ。お金もらってるんだから」と答える。
来週までと言われていた仕事を明日までに仕上げるよう上司からメールが来たというのだ。
紬は「ありがたいよね。期待されてるって」「ちゃんと期待に応えなきゃって思う。社会人ってすごいよね。週5で会社行って、家帰っても仕事して、土日も働いてるんだもん。えらいよね」と自分に言い聞かせるように言う。
そして突然「戸川君、会社の女の人に挨拶で身体触ることとかある?」と聞いたのだ。「ないよね。する人もいるらしくてさ。いてさ。挨拶なんだって。文化の違いかな」と涙ぐんでまたパソコンに向かう。
私は耳を疑った。挨拶代わりに身体に触るなんて、いまだにそんなセクハラが生き残っているのかと。
ちなみに戸川君はほんとに素敵な今どきの若者だった。彼はこんな言葉を返す。
「やればできるってやらせるための呪文だよ。期待と圧力は違うよ」。
「俺ね、人殴ったことないし、殴りたいとも思ったこともないのね。でも、その青羽の職場にいる、青羽に挨拶するやつは、俺会ったら、たぶん殴っちゃうと思う」。
翌日、紬はパワハラとセクハラが横行するブラックな職場を辞め、CDショップで働き始める。
前途ある若者をパワハラやセクハラで追い詰めるなんて許せない。こんな会社は成長できっこない。これはドラマの中だけの話なのかと思い、身近な20代前半の社会人女子にも聞いてみた。「ジャケットにゴミが、とか言って触ってくるやついるよ」「なんかいつもお腹出してるおじさんとかいるよ」。他、ここには書けないが、セクハラは確実に今もあるとのこと。
●セクハラを生む土壌
今年初め、月刊連合終刊号の取材では、振り返りとして様々な方から当時の証言としてお話を聞いた。その中では、月刊連合の「汚点」とも言うべきセクハラ表現(官民統一へのカウントダウンを女性が着ているものを一枚ずつ脱いでいく形で表現)のお話もあったが、他にこんなお話もあった。「連合ができたばかりの頃、エレベーターに乗るでしょ。狭いのよ。ある時、男性が上から覗いてね、見えるって触ったの。怒ったら『潤滑油だよ、これは』って。本当に頭に来た。そんなこともあった時代なの』。
挨拶や潤滑油だと言って身体を触るのは、遠い過去の話だと思いたいが、どうもそうではないらしい。今、若い世代が35年前と同じ目にあっているのだ。
連合は「セクハラは、人権問題であると同時に基本的な労働問題」と位置づけ1997年の均等法改正に防止規定を盛り込むために全力を挙げた。まず、何がセクハラなのか。「身体に触るのはコミュニケーション」と言い張る男性に対して、1996年9月号の月刊連合特集は「セクシュアル・ハラスメントをめぐる男たちの常識はもう非常識」と投げかけている。職場での取り組みを進めるために、①対価型・地位利用型(職務上の地位を利用し、利益の代償や対価として性的要求が行われるもの)、②環境型(屈辱的、敵対的な発言や動作を繰り返したり、就業環境を不快なものにして悪化させる性的言動)の類型化を行い、キャンペーンを展開。1997年の改正均等法には、事業主にセクハラ防止配慮を義務づける規定が盛り込まれた。
職場に公然とヌードポスターやカレンダーが貼られることはなくなり、少なくとも環境型のセクハラは改善されたと思っていた。でも、セクハラを生む土壌、男女の固定的な役割分業意識、女性の身体への無理解は再生産されてきたようだ。これは日本で「ジェンダー平等」が進んでいないことと表裏一体のものだと思う。
若い世代につらい思いをさせたくない。日本の女性たちがストップ・セクハラを掲げてどんな運動をしてきたのか。もう一度若い世代に伝えたいとも思う。
終刊号で証言いただいた「女性たちが声を上げないと気付かない。変わらない」という言葉を噛みしめながら。
★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。
※『silent』(サイレント)
2022年10月6日から12月22日までフジテレビ系「木曜劇場」で放送。主演:川口春奈、脚本:生方美久。
※お断り/初回は「です・ます」体で書きましたが、第2回以降は「だ・である」体で書かせていただきます。