労働者自主福祉運動のルーツと未来を考えるー労働者の、労働者による、労働者のための「共助」ー

労働運動から生まれた、労働者による、労働者のための「助け合い」。それが労働者自主福祉運動であり、代表的な事業団体である労働金庫(労金)やこくみん共済 coopは、多くの組合員にとって身近で頼れる存在だ。
ただ、それが事業として発展する一方で、労働者自主福祉運動の成り立ちや理念についての認識は薄れ、次世代への継承が危ぶまれている。労働者自主福祉運動を運動方針に掲げる労働組合は減少し、組合員がその意義を学ぶ機会も少なくなっているのではないか。
労働者自主福祉運動は、賃金・労働条件改善、政策・制度実現と並ぶ、労働運動の柱の1つ。そのルーツを再確認し、新たな時代に対応した運動と次世代への継承を進めるために、中央労福協、労金協会、こくみん共済 coop、連合の4者による座談会を開催した。(月刊連合2022年12月号転載)

[進行]安永貴夫 連合 副事務局長

安永:まず自己紹介、団体・事業紹介を。

南部:大阪市職員時代に現業で組織する労働組合の役員を経て自治労本部へ。2013年から連合副事務局長を6年間務め、2019年に中央労福協の事務局長に就任しました。
中央労福協は、労働者自主福祉運動を総合的に推進する中央組織で、労働者福祉事業団体や生活協同組合(生協)など13の事業団体、47の労働団体が加盟し、47都道府県に地方労福協があります。特徴的なのは、縦割りの組織ではなく、横につながる緩やかな協議体であること。様々な運動スタイルや価値観・文化を持った団体とのネットワークが強みであり、それを活かして、多重債務や奨学金の問題解決に取り組み、地域のライフサポート事業の推進にも役割を果たしてきました。

松迫:三菱電機労組、ルネサス労組の役員を経て、中央労働金庫の理事長を6年務めたのち、今年6月に全国労働金庫協会の副理事長に就任。労組役員の時代から「推進幹事」として労金運動に関わってきました。
労働金庫は、福祉金融機関として、全国に13金庫のネットワークを持ち、会員数10万8977人、間接構成員※1は1180万人。2021年度決算は、預金約22兆6000億円、融資残高15兆円超、当期純利益317億円で、前年度より増加。住宅ローンや借り換えローンのほか、「iDeCo」や「つみたてNISA」も伸びています。また、コロナ禍においては「勤労者生活支援特別融資制度」など生活支援に特化した融資も行っています。

髙橋:1984年にプロパーとして全労済に入会しました。1994年に労済労連が連合に加盟した時、私は書記長をしていて、月刊連合の「産別訪問」というコーナーの取材を受けたことを覚えています。
労働者共済運動(労済)は1954年に大阪で生まれ、1976年に各県の労済が全国統合して全労済となり今日に至っています。更に親しまれる存在をめざして2019年6月に「こくみん共済 coop」として愛称を定めました。 
直近では、新型コロナウイルス感染症に関しては、毎月10万件を超える共済金の支払いをしています。東日本大震災の時の支払い件数は延べ30万件強でしたが、今回は累計で70万件を超えるという状況です。

※1 団体に加入している労働者等の個人は、直接の会員ではなく、労働金庫を間接的に構成するメンバーとして、「間接構成員」と呼ばれている。

労働者自主福祉運動の成り立ち

「福祉はひとつ」を合言葉に

安永:では、労働者自主福祉運動が生まれた歴史的背景を紐解いていきたいと思います。南部さんから、その全体的な流れをご説明いただけますか。

南部:1945年に日本が終戦を迎えたあと、GHQ※2の指令を受けて労働組合が次々と結成され、協同組合も再建されました。終戦直後の日本は、食糧危機と生活物資の不足が深刻化し、多くの人が飢えに苦しんでいました。そこで、労働組合や協同組合が知恵を出し合って生活物資を調達しようと、1949年8月に発足したのが中央労福協の前身である「中央物対協(労務者用物資対策中央連絡協議会)」です。当時、労働運動はイデオロギーの違いで分立していましたが、「労働者のための労働者による福祉の実現」に向けて連帯し、共同行動を行う運動母体を結成。何度か改称を行い、1964年に現在の「中央労福協」となりました。
労福協は、労働金庫や労働者共済の創設にも深く関わっています。総同盟や総評が「労働銀行の創設」を決議すると、中央労福協を中心とする協議の場が設置され、運動の推進母体となりました。労済事業についても、中央労福協の「共済専門委員会」で議論され、1954年に大阪で、翌年には新潟で火災共済が立ち上がりました。 労福協の成り立ちで特筆すべきことは、上部団体の枠を超え、すべての労働者の福祉の充実と生活向上をめざすという一点で結集をはかったことです。その時に使われた言葉が「福祉はひとつ」。笹森清・元中央労福協会長(元連合会長)は、「同質の協力は和にしかならないが、異質なものの協力は積になり、計り知れないパワーを発揮する」とその意味を説いています。

※2 戦後の日本を占領・管理するためのアメリカを中心とする連合国軍総司令部。日本の民主化政策の一つとして、労働組合結成を促進した。

労働者の信頼は失ったら取り戻せない

安永:労金、労済の始まりは?

松迫:終戦直後、人々の生活は困窮を極めていました。生活資金を借りたくても、当時の銀行は企業にしか融資をしない。質屋や高利貸しを頼るしかありませんでした。ならば、自分たちの手で銀行をつくろうと、労働組合と生活協同組合が共同で労働金庫を設立。1950年に岡山県と兵庫県に誕生したのを皮切りに、全国に13の労働金庫が設立されました。設立時の預金残高は6000万円、融資残高は3700万円。当初は、組合員の利用が進みませんでしたが、組合役員と労金の職員が一緒に組合員を訪ね、互いに助け合うことの大切さを説明して回ったと聞いています。その後、1971年に財形貯蓄が制度化されると、これを積極的に推進し、急成長を遂げました。さらに働く人のニーズに応じて、住宅ローン、自動車ローン、教育ローンなどを次々と制度化。消費者金融の高利に苦しむ組合員に対しては、借り換えローンで生活再建を手助けし、自然災害や急激な雇用悪化に対しては、緊急特別融資制度を立ち上げ、迅速に対応してきました。

髙橋:1954年に大阪で始まった労済が、最初に提供したのは火災共済です。当時の住宅は木造のバラックが多く、ひとたび火が出ると一気に延焼する。でも、民間の火災保険は保険料率が高くて入れない。そこで、労働組合や生協が火災共済をつくろうと動いたのです。
翌55年に新潟でも火災共済がスタートした矢先、新潟大火が発生します。市の中心部を焼き尽くす大火災でした。労済事業は、発足したばかりで、手持ち資金は支払うべき共済金の5分の1しかありませんでした。対応を協議した当時の新潟福対協(現・労福協)の理事会は、「負債はいつか返せるが、労働者の信頼は一度失ったら取り戻せない」という意見で一致し、共済金を支払うために、県内の労働組合に呼びかけ、闘争積立金を担保に労働金庫からお金を借りていただき全額支払いました。労済設立の趣旨を再確認し、「今ここで撤退してはならない」という意思を示したのです。その判断は間違っていませんでした。労済運動は、労働者の信頼を得てその後全国に急拡大。1964年の新潟地震でも、組合員の生活再建を支えました。

労働者自主福祉運動の推進に向けて

利益は利用者に還元する

安永:労金や労済は「非営利」事業とされていますが、その意味は?

松迫:「非営利」とは「利益を出してはいけない」という意味ではありません。労働金庫法第5条に「金庫は、営利を目的として事業を行ってはならない」(非営利原則)と定められています。銀行等の営利企業は、そもそも株主への利益還元を目的として事業を行っています。一方、労金は、会員・間接構成員そして働く人々のニーズに応えることを目的として事業を行っており、利益はそうした事業目的遂行のための手段となります。「営利企業」と私たちの「非営利事業」の違いはそこにあります。また、労金の運営は、「1会員1票の原則」。株式会社は、株式を多く保有する株主が力を持ちますが、労金は出資金の大小にかかわらず、すべての会員が平等に意思決定に参加できる。この民主的運営が銀行との決定的な違いです。

髙橋:労済事業は、労働金庫法のように新たに法律をつくるのではなく、1948年制定の「消費生活協同組合法」に法的根拠を求めました。出資して組合員になり、組合員が事業を利用し、事業運営に参加するという、「出資・利用・参加」の三位一体の原則にもとづく運営が、株式会社との大きな違いです。剰余金が出た場合、株式会社は株主に配当しますが、労済は、出資者・利用者である組合員に割り戻し金としてお返しする。財務諸表にも「利益」という項目はなく「剰余」。こうした全体の仕組みが「非営利」という捉え方となっています。
実は、労金と労済にも、対応する法律にもとづく違いがあります。労金は団体主義で労働組合が会員、労済は個人主義で個人が生活協同組合の組合員です。

南部:労金も労済も働く人の助け合いから生まれました。「非営利」という言葉には、営利目的の企業活動とは成り立ちが違うという意味も込められていると思います。

安永:コロナ禍での苦労もあったと思いますが…。

松迫:金融機関は生活インフラであり、店舗業務は在宅勤務ができません。店舗を閉鎖することなく感染防止対策の徹底で乗り切りました。一方で、労金推進委員会はオンライン開催としました。メリットもありますが、職場の悩みを聞き、その解決を考えるという最も重要な機能が思うように発揮できなかったのではないかという忸怩たる思いもあります。

髙橋:労済事業において共済金支払いと契約管理は最重要業務。滞りなく支払いが行えるよう業務を遂行してきました。推進活動については、リモートも活用したハイブリッド型で対応してきました。コロナ禍への対応は業務変革につながった部分もある一方で、運動の停滞が懸念される面もあります。

南部:2005年に、連合・中央労福協・労金協会・全労済の4団体でライフサポート事業を推進する合意が成立し、連合の地協再編と連動しながら、ワンストップサービスの拠点が全国に設置されました。その蓄積が、今回のコロナ禍における生活支援でも大きな役割を果たしたと思います。

安永:事業団体と労働組合の関係が「業者」と「お客さま」に変容してきたという指摘もあります。

南部:初心に返って「ともに運動する主体」であることを共有する必要があります。組合員が運動の成り立ちや意義を知ることは、事業の利用促進にもつながるはずです。

髙橋:昨年から、新入職員研修のプログラムを変えました。これまでは、本部で2~3週間の基本研修を行った後、各現場のOJTで育成してきましたが、今は1年間、本部で労働者自主福祉運動の歴史や労働組合との関係についてもきちっと理解を深めた上で、現場配置しています。

若者へのアプローチ

安永:運動を次代に継承していくために、若い世代へのアプローチも課題です。

南部:今年6月、「若者」をテーマとした全国研究集会「2022年度全国研究集会 in 静岡 “TSUNAGARI” 世代を超えて。」をハイブリッド形式で開催しました。社会課題を解決していくには、若者たちの持つ感性や価値観、考え⽅を知り、同じ社会の担い手として「新しいつながり」へアプローチし、「一緒にできることはないか」を模索する必要があると考えたんです。
今の若者は「失われた30年」の閉塞の時代を生きてきました。時代の変遷とともに価値観が変化しました。「集団から個へ」、「結果重視からプロセス重視」、「画一性から多様性」へと。集会で若者の話を聞き、価値観の変化の中で、「福祉はひとつ」という原点は変わらないことを確信しました。立場や価値観が違っても生活を守るためにひとつになる。それは、多様性を大切にして一致点を見出していくというスタンスと同じだと…。

髙橋:こくみん共済 coopでは、役員が若い世代と対話するミーティングも開催しています。「Z世代」は、学生時代からSDGsを学び、社会課題への関心が高い。世代ギャップを感じることもありますが、思いもよらないアイデアも出てくる。私たちの世代がまず意識を変えることで、世代を超えたつながりが生まれる。それは事業のイノベーションにもつながると思っています。

松迫:労金運動は、会員団体である労働組合と同様に男性中心の運動でした。若者や女性が活躍できる環境づくりを急がなければと思っています。若者は、社会課題に関心がないと思い込んでいましたが、そうではない。金融商品についても、環境や人権に配慮した商品やESG投資への関心が高まっています。SDGsの目標は、労働者自主福祉運動が以前から取り組んできたこと。労金や労済の利用がSDGsの実現につながることへの理解も含めて、若い世代にアピールしていきたいと思います。

「共創」という発想で

安永:「助け合い」の輪を広げる取り組みは?

髙橋:連合のフリーランス応援サイト「Wor-Q(ワーク)」の会員にWor-Q共済を提供しています。ただ、フリーランスの特性に合わせた保障は、現行の仕組みの中で充実させるのがなかなか難しい。乗り越えるキーワードは、共に創るという「共創」です。例えば奥多摩エリアでは、複数の宅配事業者が共同配送システムを創り、ユニバーサルサービスとして宅配機能を維持している。人口減少、地方の過疎化や働き方の多様化などに対応しつつ、事業を維持していくには、そういう発想の転換も必要になっています。

松迫:労金は、すべての勤労者が必要な金融サービスにアクセスできる「金融包摂」を掲げています。勤労者へ適切なサービスを提供して様々な困りごとの解決を支援していくためには、現在の社会課題を踏まえた観点から、一人ひとりの働く人たちを助けるという本来の目的に沿ってより拡大・発展させる取り組みを会員と協力して実践していくことが重要であると考えています。

南部:共助をいちばん必要としている人たちに労働者自主福祉運動の仕組みが届いていない。ここはもっと知恵を出し合っていかなければと思います。

「まもる・つなぐ・創り出す」

安永:連合や労働組合に期待することは?

南部:労福協は、生活困窮者の支援強化や奨学金制度の改善を求める運動を展開しています。連合には、そうした声を聞いて、政策・制度の実現に力を発揮してくれることを期待しています。

松迫:金融包摂の実現に向けて、4者が連携して共助の輪を広げていく流れをつくっていきたいと思います。また人材育成でも連携できることを期待しています。

髙橋:「中期経営政策2025」で「新しいたすけあい」を掲げました。コロナ禍の経験を踏まえ、加入・更新・請求等の手続きは、2025年度末までにWEB上で完結できるシステムを順次構築します。そして、「労働組合×こくみん共済 coop×デジタル技術」の掛け算で、一人ひとりの組合員をサポートしていく。これを「新しいたすけあい」と名付けました。労働組合には、これからも説明に回りますが、ぜひ協力をお願いします。

安永:日本の労働者自主福祉運動は、海外の労働組合から高く評価されています。日本の労働組合や労働者が、その意義を認識し、継承していくための働きかけがもっと必要だと思いました。連合は、連合ビジョン「働くことを軸とする安心社会」において「まもる・つなぐ・創り出す」をサブスローガンに、労働組合が結節点となってつながりをつくっていくことを打ち出しています。その「つなぐステークホルダー」として真っ先に挙げているのが、労福協、労働金庫、こくみん共済 coopです。さらに連携を強化し、ネットワークを広げていきたいと思います。
今日はありがとうございました。