連合見解

 
2015年12月03日
「新3本の矢」をはじめとする政府の経済社会政策に対する連合の見解
日本労働組合総連合会

はじめに
 政府は、アベノミクスの第2ステージとして、従来の経済財政諮問会議に加え、「一億総活躍国民会議」「未来投資に向けた官民対話」を設置し、「新3本の矢」として「GDP600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」を打ち出した。11月末には「一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策」としてとりまとめが行われ、年明けの第190通常国会における2015年度補正予算、2016年度本予算として政策に反映される見通しである。
 これらの課題は、働く者の仕事や生活に密接に関係するものであるにもかかわらず、働く者の代表がその議論に参加していない。このため、議論は企業・経営者の立場に偏ったものとなり、働く者や生活者の立場からすると議論も政策の内容も不十分なものであると指摘せざるを得ない。
 連合は働く者の立場から、「希望を生み出す強い経済実現に向けた緊急対策」(以下、緊急対策という)や「一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策」(以下、緊急対策という)など、政府がこれまでの間にとりまとめた政策に対する見解を示すとともに、政策提言を行い、連合がめざす「働くことを軸とする安心社会」の実現に向けて取り組んでいく。

Ⅰ.総論
1.新たな目標を掲げる前にこれまでの政策運営について総括すべき
デフレ脱却にむけて、「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」「民間投資を喚起する成長戦略」の3つを柱とするアベノミクスが実施されて3年が経過しようとしている。この間、株価は2万円を回復し、為替レートも1ドル120円を超えるなどにより、一部の企業収益は大幅に改善した。しかし、2014年4月に消費税が引き上げられて以降、個人消費は低迷し、2015年4月から2四半期続けてマイナス成長となっている。
 また、アベノミクスは、中小企業で働く人たち、非正規労働者、地方経済へは総じて波及しておらず、格差は拡大している。年収200万円以下のいわゆるワーキングプア(働く貧困層)は約1,100万人、生活保護受給者は217万人に達し、「生活が苦しくなった」とする世帯が増加の一途をたどっている。強者をより強くし経済を引っ張ってもらえれば、自然とその富が全体に浸透するというトリクルダウン型の発想の限界は明らかだ。
 わが国がデフレ経済に陥ったのは、雇用の質の劣化と労働条件の低下などにより中間層がやせ細り働く貧困層が増えたことに最大の原因がある。政府が行うべきは、そうした流れを逆転させることであるのに、働く者を犠牲にした成長戦略を描き、労働者派遣法改悪をはじめ労働者保護ルールを改悪してきたことは問題である。
 アベノミクスの第2ステージとして目新しいものを打ち出す前には、こうした実態を真摯に総括し、基本的な政策体系を見直す必要がある。抜本的な政策転換なしに、デフレ脱却はもちろん、少子高齢社会における持続可能な経済社会づくりもできない。

2.国民生活全体の底上げ・底支え、格差是正をはかる実効性ある政策が急務である
 「一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策」では、「少子高齢化問題に真正面から取り組み、『一人ひとりの希望を阻む、あらゆる制約を取り除き』『みんなが包摂され活躍できる社会』をめざす」としている。問題は、これまで実現できなかった課題を整理し、そこに至る実効性ある政策手段とその財源が適切に配置され、家計や企業など各経済主体が納得し、協力して行動する環境づくりが、できているか否かである。
 政府が打ち出した「GDP600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」という3つの数値目標は唐突である。そもそも、「みんなが包摂され活躍できる社会」と600兆円がどのようにつながるのか、不明であり、600兆円ありきで緊急対策が打ち出されているのは国家統制・計画経済的発想と言わざるを得ない。また、緊急対策の中身は、子育て支援や介護サービスの施設の量を増やすことが中心で、ボトルネックとなっているサービスの担い手である労働者の確保対策が後回しにされるなど、政策の優先順位や恒久的な財源の裏付けにも疑問がある。国民が必要としているのは、聞こえのよい政治的スローガンではなく、実効性ある政策だ。
 少子化の背景には、貧困や雇用の質の劣化、仕事と生活の両立が困難な働き方・働かせ方の問題などがある。「緊急対策」では、こうした課題に対する実効性ある抜本的対策が少ない。働く者・生活者の現状を直視し、国民生活全体の底上げ・底支え、格差是正をはかるとともに、ワーク・ライフ・バランスを実現させ、男女がともに差別なく仕事と生活を両立できる環境を整えることが急務である。さらに、政策の優先順位づけを行うとともに、予算の組み替えや、所得再分配の強化を含む負担構造の見直しによる安定した恒久財源の確保など、目標実現に向けた確かな道筋を示す必要がある。

3.安倍政権は強引な手法を改めるべき
 国民の多様な意見に耳を傾け、議論を通じ理解を深め、国民的合意形成に努めるのが、民主主義の基本である。しかし、安倍政権は、労働者派遣法、安全保障関連法強行可決のように一部の声のみを反映させて政策を推し進めている。今回の議論過程においても、働く者の代表が参画していない。「みんなが包摂され活躍できる社会」を標榜するのであれば、それにふさわしい議論の進め方をすべきである。
 また、働く者の代表が参加していない、経済財政諮問会議や「未来への投資に向けた官民対話」において、「GDP600兆円実現のためには3%台の賃上げが必要」という議論が行われた。賃上げは、労使がたゆまぬ努力で生み出した成果の配分を交渉によって決めるものであり、政府が一方的に目標を掲げて働きかけを行うことには違和感を覚える。

4.連合は「働くことを軸とする安心社会」の実現に全力で取り組む
 連合がめざしているのは、「働くことにもっとも重要な価値を置き、誰もが公正な労働条件のもとに多様な働き方を通じて社会に参加でき、社会的・経済的に自立することを軸とし、それを相互に支え合い、自己実現に挑戦できるセーフティネットが組み込まれている活力あふれる参加型の社会」である。その実現のための総合的な政策・制度体系(政策パッケージ)もすでに確立し、政策実現活動のベースとしている。
 連合は、すべての働く者の「底上げ・底支え」「格差是正」を実現するため、定昇込み4%程度の賃上げ目標を掲げて2016春季生活闘争に取り組むとともに、政府や政党に対して政策提言を行い、「働くことを軸とする安心社会」の実現をめざす。
具体的な課題についての見解および政策提言は以下の通りである。

Ⅱ.各論
【「希望を生み出す強い経済」に関して】
 政府は、2020年頃に向けて名目GDPを600兆円まで拡大させるとし、企業の投資活動促進、最低賃金3%の引き上げなど目標を掲げているが、具体的な中身が乏しく絵に描いた餅に終わる可能性が高い。経済・社会の現状をみると、非正規労働者は今や4割と増加に歯止めがかからず、雇用者間の格差が拡大するなど働く者を取り巻く環境は厳しさを増している。日本経済の持続的発展のためには、国民全体の所得増加はもとより国民の雇用不安や将来不安を払拭し、個人消費の拡大をはかることが不可欠である。そのための実効性のともなう政策を掲げ、すべての働く者の暮らしの「底上げ・底支え」と「格差是正」に取り組む必要がある。

1.地域別最低賃金を欧米並みの水準まで早期に引き上げる道筋を明確にする
 地域別最低賃金について、憲法第25条などの趣旨も踏まえつつ、経済的自立を可能にし、人たるに値する生活を営む水準に早急に引き上げる道筋を明確にする必要がある。連合は早期に「誰でも1,000円」の実現に取り組む。「成長力底上げ戦略推進円卓会議合意」(2008年6月20日)や「雇用戦略対話合意」(2012年6月12日)を後退させてはならない。

2.「政労使合意」を踏まえ、下請関係を含めた公正な企業間取引の環境整備をはかる
 デフレからの脱却と経済の好循環実現のためには、中小企業労働者の賃金等労働条件の底上げが不可欠である。そのため、政府の環境整備の取り組みの下、取引企業の仕入れ価格の上昇等を踏まえた価格転嫁や支援・協力について総合的に取り組むことが必要である。連合は、中小企業等の相談窓口を設置し、適正な価格転嫁等公正取引の実現に向けて取り組みを強化する。

3.公契約の適正化に向けて公契約基本法を制定する
 国や地方自治体の事業を民間企業などに発注・委託する際に結ぶ公契約においては、厳しい財政状況を背景に安値競争が激化し、事業・サービスの質の低下や公契約のもとで働く者の労働条件の悪化をもたらしている。労働条件の悪化は予定価格の下落につながり、さらなる安値競争による落札価格の下落、事業・サービスの質の低下を招くという悪循環が生じている。この悪循環を断ち切り、公契約のもとで働く者の適正な労働条件の確保および質の高い公共サービスの提供を実現するために、公正労働基準と労働関係法の遵守、社会保険の全面適用などを基準とする「公契約基本法」を制定することが必要である。

4.法人税率の引き下げ(法人税改革)は、政策効果や税収に与える影響を検証することを前提とする
 法人税改革にあたっては、2011年度の税制改正以降の幾度にもわたる過去の法人税率の引き下げがもたらした政策効果や税収に与えた影響などを、まずは丁寧に検証すべきである。また、仮に法人税率を引き下げる場合でも、引き下げ分が企業における国内投資や雇用・所得の拡大に充てられることと、法人税の枠内で恒久的な代替財源を確保することを大前提とすべきであり、かつ、日本の雇用の約7割を支える中小企業に負担を押し付けるようなことがあってはならない。
 なお、法人税改革にあたっては、超少子高齢化社会を負担の分かち合いによって支えるという観点から、企業の社会的責任に見合った税負担を求めていく必要がある。

5.安心して働き続けられる環境整備を急ぐ
 非正規雇用から正規雇用への転換を促進する。雇用の原則は「期間の定めのない直接雇用」であることを基本とし、人と社会の成長を促すなどの観点から「雇用基本法」(仮称)を制定する。また、雇用形態にかかわらず均等待遇原則を法制化する。派遣労働者保護を後退させないよう、改正労働者派遣法の適正な施行を確保する。「若者雇用促進法」に基づき、若者が働き続けられる環境整備を急ぐ。解雇を促進しかねない「解雇の金銭解決制度」は導入しない。

6.過労死撲滅、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて、長時間労働抑制の具体策の充実をはかる
 すべての労働者を対象とする労働時間の量的上限規制や休息時間(勤務間インターバル)規制の導入など長時間労働の是正をはかる。過労死撲滅に向けて「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の目標を再設定し具体策の充実をはかる。時間管理の概念を取り払う「高度プロフェッショナル制度」の創設や、営業職などを追加する「企画業務型裁量労働制」の対象業務拡大など、長時間労働を助長する労働時間の規制緩和は行わない。

【「安心につながる社会保障」に関して】
 少子高齢・人口減少社会においては、すべての人が、公正な労働条件のもと、多様な働き方を通じて社会に参加でき、社会的・経済的に自立し、相互に支え合える社会をめざしていくべきである。そのためには、社会保障をはじめとしたセーフティネットが不可欠である。高齢者が住み慣れた地域で尊厳ある暮らしを最後まで続けられるよう「地域包括ケアシステム」を着実に構築し、「働くことを軸とする安心社会」を実現するため、次の政策を実行することが重要である。

7.社会保障・税の一体改革を断行する
 少子・高齢化が確実に進行する中で、あらゆる人が包摂され能力が発揮できる社会を実現するために社会保障制度が果たす役割は大きい。しかし、「緊急対策」には、その財源について、「真に効果的な施策に重点化」の必要性や、「安定した恒久財源を確保しつつ、施策の充実を検討していくこと」の重要性を示すにとどまっており、税制改革など具体的な財源確保策は明らかとなっていない。社会保障の機能強化には、一時的な財政措置では不十分であり、持続可能な制度改革と恒久的な財源確保が必要である。
 政府は、社会保障・税一体改革を断行するとともに、財源確保に向けて責任をもって政策を履行しなければならない。

8.育児・介護休業法の改正等により、仕事と生活の調和を実現する
 性別役割分担を前提とした男性の働き方は、長時間労働の恒常化につながっており、男女労働者の仕事と生活の調和を大きく阻害している。仕事と生活の調和を図るためには固定的役割分担意識を払拭し、男女がともに協力して家事・育児・介護への参画や、余暇を享受できる労働環境を実現することが必要である。そのためには、男性の長時間労働の是正による女性の継続就業率向上や、育児休業から安心して職場に復帰できる環境づくりに向け、育児・介護休業法における介護休業日数の延長や柔軟な働き方に関する制度の拡充、介護休業給付の引き上げ、マタニティハラスメントの防止などを通じて、有期契約労働者も含めたすべての労働者に対する仕事と介護の両立支援制度を充実すべきである。
 また、すべての女性が活躍できる環境整備を進めるため、女性活躍推進法に基づく長時間労働などの現状把握・行動計画策定・情報公表を徹底するとともに、努力義務となっている中小企業にも取り組みを促す必要がある。

9. 介護人材の確保のために抜本的な処遇改善を行う
 「緊急対策」では、特別養護老人ホームの整備加速化と介護施設等の増設が「緊急対応」とされた。一方、介護人材の育成・確保については、専門人材に係る養成カリキュラムや公的資格試験の見直し、介護職員の再就業支援、学費貸与の拡大、キャリアパスの整備を行う事業主への助成拡充が「緊急対応」とされたが、最も重要なのは離職防止対策であり、継続的な処遇の改善に最優先に取り組まなければならない。そのため、介護職員処遇改善加算を賃金の改善に直接つながる仕組みとし、確実に増額するほか、専門性が評価され、処遇に反映される仕組みを普及させるべきである。
 また、住み慣れた地域で尊厳ある暮らしを最後までできるよう、国を挙げて地域包括ケアシステムの確立を今後も進めていくことを明確にすべきであり、施設整備については大都市部に限定して進めていくべきである。なお、高齢者の尊厳を守るという視点から、多床室の整備の推進や面積基準の緩和などを行うことは認められない。

10.ケアラー(家族等介護者)への支援を強化する
 「緊急対策」には「介護する家族に対する相談機能の強化・支援体制の充実」が盛り込まれているが、こうした相談や支援は「介護離職ゼロ」実現のために極めて重要な機能である。医療・介護・生活支援等が一体的に提供される地域包括ケアシステムを全国的に確立し、寝たきり・認知症予防やレスパイトケア(家族介護者支援)、家族など介護者相談システムの構築などに対する介護に係る総合相談・支援体制を充実させることこそ、緊急対応として行うことが必要である。

11.安心と信頼の公的年金制度を確立する
 「緊急対策」には、「企業年金・個人年金の普及・拡大や公的年金の改革を進め、公私を通じた年金水準の確保を図る」ことが掲げられた。非正規労働者が労働者の4割となる中、高齢期の所得格差の拡大が懸念される。政府は、消費税の10%への引き上げを延期したことにより、年金の受給資格期間の短縮(25年→10年)と低所得高齢者・障がい者等への福祉的給付の支給を先送りする一方で、年金受給者への支援を行う「緊急対応」を行うとしている。公的年金の所得に占める割合が8割以上の高齢者世帯は70.8%(厚労省「国民生活基礎調査」2011)にも上っており、物価が上昇する中で、低年金・無年金者への恒久的な所得保障制度が求められる。

【「夢を紡ぐ子育て支援」に関して】
 低迷する出生率に加え、一向に減少しない保育所待機児童数、6人に一人という子どもの貧困率、急増している児童虐待相談件数などの現状から、安心して子どもを産み、育てられるよう、子ども・子育てを社会全体で支えることの重要性は、以前にも増して高まっている。「子ども・子育て新制度」を確実に実施し、保育・幼児教育の量的拡充と質の向上をはかることが重要である。

12.保育サービスの充実には人材確保のための政策を最優先に行う
 「緊急対策」では、保育量の拡大だけが「緊急対応」とされ、保育の人材確保については優先順位が低い。保育等を担う人材の確保は幼児教育・保育の質に直結するものであり、保育士等の処遇や定年まで働き続けられる雇用管理と正規職員化、職員配置基準等の改善をはかり、職員の離職を防止することこそ、まさに緊急に行われなければならない。また、保育補助者の雇用や保育士配置要件の弾力化などを提起しているが、保育の質の低下によって保育の供給量を確保しようとすることは認められない。なお、保育サービスの充実には、子ども・子育て支援新制度を確実に実施し、保育・幼児教育の量的拡充と質の向上をはかることが必要であり、そのため1兆円超程度の財源が確保されなければならない。

13.子育てを社会全体で支えあう社会を構築する
 「緊急対策」には、三世代の「同居」や「近居」の環境整備が「緊急対応」とされているが、むしろ核家族化の進行や児童虐待事案の増加などを踏まえ、家族の子育て等の不安を解消するため、子育て世代包括支援センター等による支援の仕組みの整備こそ優先的に進めるべきである。また、子どもの貧困対策について、「民間資金による基金の活用」だけでなく、内閣を挙げて緊急に取り組むことが必要である。「中学生等に向けた補習事業の推進」も盛り込まれているが、特に「貧困の連鎖」を防止する観点から、生活困窮者自立支援制度の任意事業にすべての自治体が取り組めるよう、財源対策を含めた改革が重要である。

14.リプロダクティブヘルス/ライツ(性と生殖の権利)を確立する
 女性の妊娠・出産による離職率が6割、特に非正規では8割にのぼるデータがあるなど就業環境が整わない中で、「希望出生率1.8」と数値目標を設定することは数値を一人歩きさせ、女性に「産めよ育てよ」のさらなるプレッシャーを与えることは明らかであり、問題である。妊娠・出産・育児などあらゆるハラスメント防止の取り組みを一層強化するとともに、子育て支援を展開するにあたっては、男女のリプロダクティブヘルス/ライツ(性と生殖の権利)に関する教育や啓発も同時に行うべきである。

以上