紙つぶて

 
2018年7月9日
美談の背景

 サッカー日本代表。いったんは手中に収めかけたワールドカップ(W杯)のベスト8初進出。歴史を塗り替える困難さを思い知る一戦でした。死闘を終え、西野監督が絞り出した「何が足りないんでしょうね」。限られた準備期間に心血を注ぎ、芳しくなかった前評判を覆した氏の言葉は重い。
 ややもすると、情が先行し、理に基づく分析・評価が苦手とも言われる日本社会。西野監督の一言は、日本サッカー界の新たな戦いを告げる「ホイッスル」。期待したいと思います。
 さて、個性が輝くW杯ロシア大会。鋼のような屈強なフィジカル。試合最終盤でもキレキレの脚力。劣勢にも動じないメンタル。天が授けた才能を開花させた選手たち。多くの称賛は、開花に至る人知れぬ努力に思いを寄せるからこそです。
 将来性を買われ驚きの市場価値を獲得する選手たち。半面、貧困からはい上がった横顔や長年の戦火に苦しめられた境遇も併せ持ちます。個人の力では抗しがたい状況が壮絶であればあるほど、人は「美談」として語りがちです。
 サッカー選手によらず、誰にも侵すことができない一人ひとりの豊かな可能性。ならば「美談」を生む環境も、それを放置することも問題として見つめたい。国際社会のそうした視線は、多様性実現への「キックオフ」でもあります。W杯は私たちの目を開かせてくれます。

2018年7月9日の東京新聞・中日新聞夕刊に掲載