3月は「自殺対策強化月間」-若者や働く人の“いのち”を守るために!

2018年2月28日

厚生労働省の「自殺対策強化月間」(毎年3月)がスタートした。1990年代末から日本の自殺者は年間3万人を超える状況が続き、2006年には自殺対策基本法が制定された。基本法に基づいて、さまざまな対策がとられ、自殺者は減少してきているが、それでもその数は年間2万人にのぼる。特に若い世代では減少率が低く、20歳代、30歳代の死因の第1位は「自殺」となっている。
若者のいのちを守るために何ができるのか。「自殺対策強化月間」の取り組みとして、SNSを活用した相談窓口を開設する(一社)全国心理業連合会(全心連)の浮世満理子代表理事と、働く人の立場から過労死ゼロ等に取り組む連合の神津里季生会長が対策強化のポイントを語り合った。

 

浮世 満理子 一般社団法人全国心理業連合会(全心連) 代表理事

 

神津 里季生 日本労働組合総連合会(連合)会長

 

●若い人がアクセスしやすいLINEの活用

—3月は「自殺対策強化月間」ですが、どのような取り組みを?
浮世 全心連では、3月1日から31日までの1カ月間、毎日18:00〜22:00まで、「自殺対策強化月間」専用のLINEアカウントを使用したSNSによる相談窓口を開設します。セキュリティが確保されたシステムを採用し、相談員には公認のプロフェッショナル心理カウンセラーを配置しますので、安心してご相談いただけます。

神津 連合も毎年「自殺対策強化月間」に協賛し、周知・啓発活動を行なっています。労働組合として、特に力を入れているのは「過労死・過労自殺」対策です。過労死・過労自殺はあってはならないことであり、過労死等をいかにしてなくしていくか、「過労死ゼロ」をめざして、その背景にある長時間労働の是正やパワーハラスメント防止対策などにも取り組んでいます。
また、毎年11月の「過労死等防止啓発月間」に合わせたチラシの作成・配布、ホームページでの掲載などの周知・啓発活動などの運動面、厚生労働省の過労死等防止に向けた協議会にも連合から委員が参加し、働く人の立場から意見反映に努めるなどの政策的な側面と、両面から取り組みを進めています。

「自殺対策」という観点から言えば、やはり一人で悩み、思い詰めてしまう前に相談することを「常識」として定着させるのが大事だと痛感します。実は、労働組合の職場役員は、組合員からいろいろな相談を受けるのですが、時に一緒に悩んで抱え込んでしまうことがあるんですね。ですから、労働組合と心理カウンセラーなどの専門家との連携が広がれば、組合役員が自分だけで抱え込まず、専門家に相談して早期に解決をはかることができる。そういう意味で、「相談しやすい環境づくり」は、労働組合にとっても重要な課題だと思っています。

浮世 労働組合の役員さんたちも、職場で頑張っていらっしゃるんですね。
実は、心の不調に対応するのは、簡単なことではないんです。家族や職場の同僚・上司だと、相談を受けた側も気持ちが重くなって、「溺れた人を助けようとして自分も溺れてしまう」ことになりかねません。だから、もっと専門家に気軽に相談ができる仕組みを広げていければいいですね。

 

●働いた経験のある人が働く人をサポート

—心理カウンセラーのお仕事とは?
浮世 全心連は、2010年12月に発足した心理カウンセラーの業界団体です。例えば、仕事の悩みで不眠になっている方は、睡眠薬を処方するより、その悩みをじっくり聴き、対話を通して問題を整理し、自己発見・自己成長によって問題を解決していく心理カウンセリングのアプローチが有効な場合も多いんです。
カウンセラーになるには、大学・大学院で心理学を学び、臨床心理士や、国家資格である精神保健福祉士、公認心理師の資格を取るというルートが思い浮かびますが、全心連では「プロフェッショナル心理カウンセラー(上級/一般)」の資格認定を行っています。取得には国家資格と同等程度の時間数を要しますが、大きな特徴は、「社会経験」を重視した資格であることです。実際に働いた経験のある人が働く人たちのカウンセリングを行う。そのことでより深く悩みを理解し、適切な心のサポートができると考えるからです。
現在、「プロフェッショナル心理カウンセラー」の有資格者は全国で約2000名。医師や看護師、介護福祉士、企業の安全衛生担当などの仕事をされている方が資格を取得し、経験値の高いカウンセラーとして活躍しています。

神津 それは大事なことですね。人間誰しも、心理的なあつれきや悩みを抱えながら生きていますが、職種や仕事によって、それぞれ生じやすい悩みやストレスがある。実際に企業や組織で働いた経験のある人が、カウンセリングをしてくれるというのは、相談する側にとって、たいへん心強いことです。

浮世 産業や職種によって特徴的な悩みやストレスがあります。製造業で働く人の悩みには製造業での、サービス業で働く人の悩みにはサービス業での、職業経験があるカウンセラーが対応したほうが、より深く受けとめることができる。言葉では表現しにくい職場風土を知る人が、相談を受け止めることの意義は大きいと思います。
最近は、職場でメンタル不調を経験し復職した人が、かつての自分と同じような悩みを抱えている人をサポートしたいと、資格を取得し、社内カウンセラーとして活躍されているケースも出ています。実は私自身も、学卒後メーカーで勤務していたのですが、そこでメンタル不調になりました。その回復の過程で、働く人をサポートしたいと考えるようになり、アメリカでカウンセリングの勉強をして心理カウンセラーになったんです。
今回のSNSによる相談でも、職業経験のあるカウンセラーの強みを活かしていきたいと思っています。

 

●孤立化する労働者

—今、働く人たちの状況は?
神津 職場は大きく変化しています。私は製造業の出身で、かつての製造業は、きつい、汚い、危険という「3K」職場でしたが、メンタルの不調はそれほど問題にはならなかった。その後、自動化・機械化など作業工程の合理化が進む中で、「3K」は改善されましたが、工程ごとの要員が減って、「ひとり職場」が増えてきた。集団で作業していた頃よりも、一人ひとりの責任や影響の度合が飛躍的に高まり、プレッシャーも強まっているのに、身近に相談できる人がいなくなっている。

浮世 どこの職場でも一人ひとりに成果が求められ、職場のチームワークや絆が薄れ、精神的な孤立感を抱える人が増えています。だから、メンタル不調を感じても、早い段階で相談できず深刻化してしまう。あるいは、ストレス耐性が低下し、ちょっとしたことで心が折れてしまう。これは、企業にとっても大きな悩みとなっています。

神津 最近の若い人は群れをつくりたがらない、スマホがあれば時間をつぶせるから、一人でいたほうがいいと考えていると言われます。だから、何か悩みを抱えても、誰にも相談できなくて思い詰めてしまう。でも、「一人でいたほうがいい」というのは、私は本心ではないと思うんですね。人間にとって、孤立し、誰にも頼れないことほど苦しいことはない。集団の中での孤立を恐れるからこそ、人とのつながりを避けてしまうんだと思います。そういう人たちにとっても、今回のSNSによる相談は、大きな希望になるのではないでしょうか。

浮世 スマホでの一人ゲームがストレス解消法という人でも、SNSでの相談ならゲームの手を止めて気軽にアクセスできますよね。
今、SNSの普及でコミュニケーションツールが大きく変化しています。特に若い世代は、対面や電話などのリアルなコミュニケーションには抵抗を感じてしまうことが多い。仕事の悩みやストレスを抱えやすい若い人たち、働く人たちに、もっと気軽にアクセスしてもらうには、やはりSNSを活用したほうがいいのではないかと考えたんです。実際にある行政機関では、自殺対策の窓口を電話からSNSに切り替えたら、アクセス数が1日平均1.8人から112.7人へと約60倍も増えたそうです。

神津 それはすごいですね。SNSでの相談とは、具体的にどういう体制で対応されるのですか。

浮世 期間中は、毎日50名以上のカウンセラーがカウンセリングルームに待機し、相談が入ったら割り振ります。そして、LINE上で、相談者とカウンセラーがチャットのようなイメージで、だいたい1人当たり1時間弱をかけて丁寧にやりとりを重ねます。相談内容によっては途中でスーパーバイザーも関与しながら、どんなご相談にも対応できる体制をとっています。
SNSによる相談のもう1つのメリットは、履歴が残ること。それをもとに最初に気持ちを安定させることが必要な方、具体的アドバイスを求めている方などの振り分けを行なうことができる。だから、相談のクオリティが飛躍的に上がり、逆に相談へのハードルは飛躍的に下がる。そういう意味では、SNS相談は、非常に有効な自殺対策のツールになると期待しているんです。

神津 「クオリティを上げ、ハードルを下げる」。確かにそこは重要ですね。

浮世 もちろん企業でも、メンタルヘルス対策には力を入れていて、ストレスチェックや相談体制も整備をされていますが、社内の人には相談しにくいという人もいる。だから、私たち全心連や連合が、社会的な枠組みとして、相談しやすい環境づくりに取り組んでいくことの意義は大きいと思います。

神津 そうですね。しかも、職場の現状を理解している人にカウンセリングをしてもらえるというのは、働く側にとって本当にありがたいことだと思います。

 

●すべての働く人の拠りどころに

—孤立化や強まるストレスの背景には何があるんでしょう?

神津 この20年、雇用の二極分化が進み、非正規という形態で働く人の割合は、2割から4割へと倍増しました。もちろんライフスタイルに合わせた多様な働き方があっていいし、非正規という形態をあえて選ぶ人もいるでしょう。でも、不本意ながら非正規で働いているという人も相当数います。雇用が不安定で賃金も上がっていかない。将来への不安がメンタルにも影響する。一方、正規雇用で働いている人は、雇用を失うことへの不安から、不満があっても我慢しようと考える。特に若い世代では、そう考える人の割合が高い。

2008年にリーマンショックが起きて、製造現場などで働く派遣労働者が大勢契約を打ち切られ、日比谷公園に「年越し派遣村」ができました。日本のセーフティネットがいかに脆弱であったかが露呈した出来事でした。それから10年、現在は人手不足から雇用指標は改善していますが、セーフティネットはいまだ十分なものとは言えません。非正規労働者はいつ仕事を失うのかという雇用不安を抱えている。正社員も我慢を重ねている。こういう状況が、働いている人たちの心に不調を生じさせる要因を内在させているのだと思います。

浮世 本当に日本ではギリギリまで我慢してしまう人が多い。私たちが受ける相談では、仕事への不安、将来への不安、長時間労働やパワハラなど、さまざまな要素が入り交じっているんですが、セーフティネットの一環としても働く人が気軽に相談できる仕組みをつくっていく必要があると思っているんです。

神津 全心連の皆さんには、心のセーフティネットとして働く人を支えていただいて、連合は、雇用のセーフティネットを強固なものとするためにもっと頑張らなくてはいけませんね。

実は今、非正規雇用をめぐって大きな問題が起きているんです。非正規雇用の大半は有期雇用ですが、半年や1年の契約を何度も更新して、長期に働いている人も少なくない。そういう人たちの雇用を安定させたいと、2012年に労働契約法が改正され、同一の使用者との間で、有期雇用契約が反復更新されて通算5年を超えた時は、労働者の申込みによって無期雇用契約に転換されるというルールができました。今年4月からスタートしますが、必ずしも社会に浸透していない。連合では、それぞれの職場で、先行して無期転換の取り組みを進めてきましたが、連合が行っている「連合なんでも労働相談ダイヤル」には、無期転換を避けるために雇い止めされたなどの相談が殺到しているんです。使用者も労働者も、法の目的や内容を良く理解していない。

連合は政策面と運動面という2つの側面から活動していますが、こうした労働相談などを通じて職場で起きている問題をキャッチし、その解決に向けた政策を実現するために政府や関係団体に働きかけを行っています。政策面と運動面をつなぎあわせて、すべての働く人たちを守りたいと思っています。

浮世 孤立しがちな一人ひとりの労働者に視点を当てながら、政策的な対応を進めていくという取り組みは素晴らしいですね。国を挙げて「働き方改革」が叫ばれていますが、今私たちは、高度成長のがむしゃらな働き方から、みんなが自分らしく働ける働き方への転換期にいる。連合には、働く人たちの立場にたって、その方向性をしっかり示してくれることを期待します。

神津 ありがとうございます。折しも国会では裁量労働制をめぐるデータの不備が大きな問題になっていますが、連合は、裁量労働制の適用拡大も、高度プロフェッショナル制度の創設も「働き方改革」には全く必要ないと考えています。

日本の企業社会では、本音と建前のダブルスタンダードがまかり通ってきた。実は、裁量労働制が適用されているにもかかわらず、毎朝9時に出社を求められる職場がたくさんある。働く人たちは、その本音と建前の狭間で疲弊している。日本人の長所は勤勉で一生懸命働くところですが、それゆえに理不尽なことでも我慢してしまう。だから、職場の実態をしっかり把握して、本当に働く人たちを守るルールをつくっていく。それが労働組合の責任であり、役割だと思っています。

浮世 もう一つお願いしたいのは、職場復帰の仕組みづくりです。一度メンタル不調になったら、もう職場で受け入れてもらえないと悩む人は多い。でも、ほとんどの方は、少し休んで違う部署に行くと、しっかり仕事ができるんです。職場復帰を後押しするような政策をぜひ実現していただければと思います。

すべての職場に労働組合があるわけではありません。だから、連合の活動をもっともっとアピールしていただいて働く人にとって身近で親しみやすい「心の拠りどころ」であってほしいと願っています。

神津 今日頂いた貴重なアドバイスや労働組合に対する期待の言葉をしっかりと胸に刻みながら、みんなが安心して働ける社会の実現に向けて取り組みを進めていきたいと思います。

—ありがとうございました。

 

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