連合見解

 
2015年01月20日
経団連「2015年版経営労働政策委員会報告」に対する連合見解
日本労働組合総連合会

1.総括

 経団連は2015年1月20日に「2015年版経営労働政策委員会報告」(以下「報告」と称する)を発表した。それに先立ち、1月1日に「『豊かで活力ある日本』の再生」(以下「ビジョン」と称する)を提起した。「ビジョン」では、「2030年までに目指すべき(2020年代に実現すべき)国家像」として、「豊かで活力ある国民生活を実現する」を掲げており、わが国の未来に対する経済界の役割と決意が示されていると受け止める。
 連合は、超少子・高齢化、人口減少という構造的問題を抱える中で、国民が求める「豊かさ」とは何なのか、グローバル化の中で、日本はどの様な国をめざしていくのかについて議論をしていくことは非常に重要なテーマであり、国民全体が議論を深めることが極めて重要であると認識している。その際には、「『豊かで活力ある日本』の再生」という過去のどこかの時点へ戻るのではなく、将来を見据えて「豊かで活力ある日本」の創造をはかっていくと位置づけることが重要と認識している。

 連合は2015春季生活闘争方針の策定にあたって、超少子・高齢化、人口の減少、産業構造の変化といった中長期的かつ構造的な問題に向き合い、短期的な賃金交渉のあり方にとどまらず、中長期的なスパンでわが国経済・社会はどうあるべきかという観点で議論を進めてきた。労働力人口が減少を続ける中で、わが国経済が持続可能な成長を成し遂げるためには、労働参加率と生産性の向上と適正な成果の分配が不可欠である。年収200万円以下の労働者が約1,200万人、いわゆる非正規労働者が2,000万人を超えている貧富や格差の拡大の状況を一刻も早く解消していかなければ社会不安は拡大する。また、現状の格差社会を克服していくために「底上げ・底支え」「格差是正」の取り組みを労使で実現していく必要がある。そのためにも、すべての働く者の賃金引き上げを起点とした経済の好循環をつくり出すことが不可欠である。労使は、わが国経済・社会の成長・発展に対して、重要な役割を担う主体である。2015春季生活闘争を通じ、労使が社会において果たすべき役割や次世代に対する責任を認識したうえで、わが国社会の明るい未来の実現のために、大所高所の観点から議論を行うことが重要である。

 「報告」の内容は、「ビジョン」にもとづく方向性を踏まえ、「働くことと国民生活のあり方」「社会保障のあり方」「労働力不足へのあり方」に対して国民が共有する「ビジョン」の議論が不可欠であるとしながらも、足元の個別企業の経済合理性を前面に出した内容と受け止めざるを得ない。「ビジョン」にもとづく議論を深めていくことを前提にしつつも、「報告」で示されている個別主張点について、看過できない相違点について連合としての見解を表明する。

2.個別項目に対する具体的な見解

(1)2015年春季労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢に対して
 連合は2015春季生活闘争を通じて、春季生活闘争が持つわが国の賃金決定メカニズムを活用、強化しながら個別企業の賃上げの成果を、未組織労働者を含め、社会全体の賃金の「底上げ・底支え」「格差是正」をはかることを通じ、内需の拡大をはかることの必要性を訴えている。2014年12月の「経済の好循環の継続に向けた政労使の取組」でも確認したとおり、経済の好循環を実現させるうえで賃上げが果たす役割は極めて重要である。「報告」において、「賃上げ」に対する経営側のスタンスは一見すると今までの拒絶の姿勢はトーンダウンし、一定の条件のもとで賃上げを容認する内容となっているようにも見える。再び「合成の誤謬」に舞い戻ることは許されないとの認識から、連合の見解を示す。

[1]一国経済に対して果たすべき役割と責任が感じられない
 「報告」では、わが国の経済・社会の深刻な問題である所得などの格差拡大や貧困層の増加といった問題やそれらの背景にある付加価値の分配のゆがみの問題には一切触れられていない。加えて「2015年春季労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢」の中で企業経営者に対して「総額人件費管理の徹底」を求めている。
政労使会議でも確認したとおり、経済の好循環実現に向け、まずなすべきは、賃金の引き上げによる消費拡大である。「報告」では、経済の好循環の2巡目を回していくために求められることとして、「収益が拡大している企業のより積極的な対応である。(中略)収益の拡大という成果を賃金の引き上げにつなげていく企業行動が連鎖し合うことで、縮小経済を拡大する経済へと変えていく大きな力が生まれ、好循環の形成はより確かなものとなっていく」としているが、消極的といわざるを得ない。連合が主張していることは、1997年以降のゆがんだ分配を是正させることである。1997年と2013年を比べれば、1人あたり雇用者報酬は約70万円低下し、労働分配率も低下の傾向に歯止めがかかっていない。儲かったら賃金を上げるという考え方だけでは、内需の拡大を通じた経済の好循環は実現できない。「豊かで活力ある日本の再生」を謳い、経済成長や社会の発展に積極的な役割を果たすと宣言する以上、これらの問題に対する経営側の見解を示すべきである。そのうえで、個別企業の最適化が経済全体の縮小やデフレ継続を招いたことを踏まえ、二度と「合成の誤謬」の陥らないための考えや方策を示すべきである。

[2]「内部留保」に対する認識について
 賃上げの原資として企業の内部留保を活用すべきとの議論に対する認識として、補論で「企業の持続的成長に寄与する内部留保(利益剰余金)」を論じ牽制している。「報告」は内部留保(利益剰余金)の大幅な増加を認めつつも、資産の部で投資有価証券が大きく伸びていることを指摘し、「投資有価証券には国内外の子会社・関係会社の株式が含まれる。近年の事業活動のグローバル化に伴い、M&Aなどによる海外子会社の株式が増加していることに留意する必要がある」と述べている。企業経営が会社分割や海外進出など施策を行い、成長をめざしていくことは否定できない。しかしながら、問われているのはあくまで分配のあり方であり、働く者の努力や達成した成果に対するバランスのとれた分配が不可欠である。わが国GDPの過半数は個人消費であり、その拡大が景気の活性化には欠かせない中、会社分割や海外進出の影響によって賃金への分配が縮小し、景気を冷え込ませているとしたら本末転倒である。

[3]賃上げと物価動向について
 「報告」は、連合の2015春季生活闘争方針を引用し、「物価動向は賃金決定の考慮要素の一つにすぎないことや、消費税率引き上げ分の影響を除いた物価上昇率が現状1%未満で推移していることなどを踏まえれば、すべての組合に2%以上のベア要求を求めることは納得性が高いとはいえない」としているが、1970年代の狂乱物価の時代に労使は知恵を絞り、物価と賃上げとの関係を整理してきた経過があるとおり、物価動向と賃金には高い連関性があることはいうまでもない。現下の物価上昇局面において、生活が困難な働く者も多くいる。物価上昇分だけでも賃上げがなされなければ、景気の深刻な低迷や社会の混乱を招くことになり、分配のゆがみを加速させることになり、中長期的に経済の活力を削ぐことになる。

[4]中小企業における賃上げ要求について
 「報告」が中小共闘の要求について「『賃金カーブ維持分4,500円を含む総額10,500円以上を目安に賃金引き上げ』を要求することは、中小企業の現状を踏まえたものになっているとはいえない。(中略)大企業と同等の支払能力を持つ中小企業は、極めて限られるであろう」と指摘していることも看過できない。2014年12月に取りまとめた「経済の好循環の継続に向けた政労使の取組」においても、「経済界は、(中略)取引企業の仕入れ価格の上昇等を踏まえた価格転嫁や支援・強力について総合的に取り組むものとする」とされているが、「報告」ではその点に関わる具体的な取り組みが一切記載されていない。中小企業が生み出した付加価値を適正に実現できる取引慣行の見直しを含めて取り組むとしてきたことを重く受け止めるべきである。われわれが中小共闘として10,500円の額で要求を掲げているのは、企業規模間の賃金格差がますます拡大し、経済の好循環実現や社会の安定性確保の足かせになっているからである。中小企業はわが国企業数の99.7%を占め、雇用者の約7割の雇用の受け皿となっており、今後の経済の成長のためにはその活性化が欠かせないことを改めて認識する必要がある。

(2)持続的な成長を実現する経営環境の確立について
 「報告」は、「デフレからの脱却と持続的な経済成長に向けて、経済の好循環を継続していくことが重要であり、経済界としても主体的な役割を果たしていく」としている。そのために経済的規制・社会的規制の緩和、グローバル化の中で、国際的なイコールフッティングの観点で、法人税や社会保障のあり方を提起している。連合は、経団連が日本社会をともに豊かで安心な社会を築くパートナーであると認識しており、わが国国民の立場に立った議論を行うことが重要であると認識している。連合は、「いわゆるブラック企業の存在」「弱者を対象とする詐欺行為」「従業員の安全・健康が保たれない行為」など、企業行動が結果として国民生活に危害が及ぶ行動があるならば、その規制は必要であるとの立場である。そうした観点から連合の見解を示す。

[1]社会保障制度改革の推進
 「報告」は、社会保障制度について、医療・介護保険給付の重点化・効率化策は社会保障給付抑制の一歩であり、さらに毎年度の給付全体を名目GDP成長率以下に抑える総額管理の仕組みについて検討すべきことを提言している。また、社会保険料の増加を手取り所得がほとんど増えていない要因として、政府に対して、現役世代に偏った負担構造の改革の早期実行を強く求めている。
 超少子・高齢社会にあって、社会保障給付費の増加は避けられない。しかし、後期高齢者医療制度、前期高齢者医療制度への拠出金が保険料収入の45%を超え、すでに5割を超える保険者も存在していることを踏まえれば、医療提供体制・医療保険制度の改革、高齢者医療制度の改革、社会保険全般が現役世代に偏った負担構造の改革の必要性については、認識を共有するものである。
 しかし、社会保険料を単なるコストと捉えていること、社会保障給付費の伸びをGDP成長率以下に抑えるという総額管理の考えには賛同できない。IT化の推進、医療費の無駄を排除するなど、効率化をはかることは必要であるが、給付費の総額管理先にありきであれば、医療・介護などサービスの劣化を招く可能性は極めて高い。社会保障制度は、現役世代が安心して働くうえで欠かすことのできない制度であり、このことは企業にとっても大きなメリットであるはずである。また、老後生活の安心を確保する制度でもある。社会保障制度が社会の安定を維持するためにつくられたという歴史的経過を踏まえれば、社会保険料の企業負担は、社会を構成する一員としての社会的責任である。
 また、介護給付の重点化など、過度な給付の抑制は、高齢者が地域でくらし続けることを困難とすることや、介護職員の人材確保に支障が生じることから、慎重に検討すべき課題であることに留意すべきである。

[2]労働時間制度改革に対して
 「報告」は、多様な働き方に対応した選択肢を増やすべきであるとし、新たな労働時間制度の創設やフレックスタイム制の清算期間の延長、裁量労働制の対象労働者の拡大などを主張している。一方で、長時間労働の抑制については、働き方改革への取り組みの呼びかけを会員企業に行ったことや、各社の取り組みを紹介するにとどまり、過労死等防止対策推進法のめざす 「過労死等がなく、仕事と家庭を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会の実現」に向けた経済団体としての決意が感じられない。
 日本の労働時間の現状を見ると、一般労働者の年間総実労働時間は2,000時間を超えている。特に、子育て世代にあたる30歳代男性を中心に、いまだに多くの労働者が長時間労働に従事している。
 こうした中、職場における過重負荷による脳・心臓疾患に関連する労働災害はここ数年横ばいの状態が続いており、近年は300人程度の方が労災認定され、うち100人を超える方が亡くなっている。このように労働者の健康・安全の確保やワーク・ライフ・バランスの観点から過重労働の改善が喫緊の課題となっている中で、「報告」が求める「時間でなく成果で評価される新たな労働時間制度」や「裁量労働制の対象労働者の拡大」などを行うことは、対象となる労働者について更なる長時間労働を助長することになるのは明らかであり、極めて慎重な検討が必要である。
 また、裁量労働制など、既に柔軟な働き方を可能とする労働時間制度が整備されていることから、さらに選択肢を用意する必要があるとする理由について「報告」は説得力に乏しいといわざるを得ない。
 労働時間規制では、労働者の健康・安全の確保と生活時間保障という観点から、そして過労死等防止対策推進法成立の重みを受け止め、実効ある長時間労働抑制策を講じることが何より優先されるべきである。長時間労働が多くの職場で蔓延している現在、その抑制に向け、「休息時間(勤務間インターバル)規制」や「時間外労働にかかる上限時間規制」の導入、そして実効的な休日・休暇の取得促進策が講じられるべきである。

[3]多様な働き方の推進
 「報告」は、非正規雇用という働き方を選択した理由の多様化や、そうした労働者ニーズの多様化を踏まえた多様な働き方の推進の必要性についての言及があるが、そもそも雇用が不安定な非正規労働者が増加の一途をたどり、傷んだ雇用が今日まで増幅したのは、1995年に当時の日経連が「雇用ポートフォリオ」論を唱えたことが元凶ではないか。また、これまで多様化が進んだのは労働者の「働き方」ではなく、企業の「働かせ方」である。それにもかかわらず、「労働者の働き方のニーズの多様化」を理由に非正規労働を正当化する経営側の姿勢は容認できない。そもそも雇用形態の議論と多様な働き方の議論は全く別の議論であり、「無期契約の正規雇用」においてこそ多様な働き方の実現が求められている。例えば、少子・高齢化が進む中、働く女性の6割が第1子出産を機に退職している現状を踏まえれば、女性が妊娠・出産しても働き続けられる環境を整備することが喫緊の課題である。企業風土の醸成を含め、多様な働き方を実現する環境整備が求められている企業の責任は重い。
 また、「報告」は、非正規労働者が多様化しているとしているが、自らの収入が家計の半分以上を占めている非正規労働者の増加には触れていない。また、基幹的な業務を担う非正規労働者も増えて、非正規労働者抜きには職場が成り立たないという事業所も存在している。このような中、求められるのは正社員転換の促進や均等処遇である。雇用労働者の4割近くが非正規労働者であることを踏まえれば、非正規労働者の処遇改善なしに個人消費の回復や社会の安定はあり得ない。

[4]若者雇用をめぐる課題について
 「報告」は、若者雇用をめぐる問題は山積しているとしているが、若年層における非正規雇用の割合の上昇や初職が非正規雇用という者の割合の上昇など、非正規雇用の問題について触れていない。これからの社会を支えていく若者が社会の一員となる時期に正規雇用に就き職業能力の基盤を形成できるようにしていくことが求められている。
 また、若者の離職の理由のトップとして挙げられているのは、「労働時間・休日・休暇の条件がよくないこと」である。一部に見られる、「若者の使い捨て」のような働かせ方を正し、若者が働き続けられる職場環境をつくることが現場の労使に求められている。「いきいきと活躍できる環境の整備」を掲げるのであれば、その前提条件は労働基準法の遵守などコンプライアンスであることを示すべきである。

[5]労働者派遣法の見直しに対して
 「報告」では、昨年2回にわたり廃案となった労働者派遣法改正法案について「全体的にバランスの取れた内容となっている」と評価しつつ、「労働契約申込みみなし制度」の施行までに法改正がなされなければ期間制限違反はその対象になるとして、通常国会における改正法案の再提出と早期成立を強く求めている。
 同改正法案は、「均等待遇」と「派遣は臨時的・一時的な労働力需給調整制度である」との国際標準から外れた内容で、派遣期間制限を実質的に撤廃するとともに均等待遇原則の導入を見送るなど、労働者保護の大幅な後退を招く内容であった。経団連は労働市場を含む「国際的な事業環境のイコールフッティングの確保」(「日本経済再生に向けた基盤整備」2013.5.22)を求めているところであり、上記原則を満たした内容の法改正を行うべきであり、これまで2回の廃案に至った経緯を踏まえ、十分慎重な検討が必要である。
 また「報告」では、2015年10月1日に予定される「労働契約申し込みみなし制度」の施行を前に、改正法案の早期成立を求めている。そればかりか、改正法案成立後には、「労働契約申し込みみなし制度」をはじめとする、グループ企業内派遣の8割規制、離職後1年以内の派遣としての受け入れ禁止、日雇派遣の原則禁止など、労働者保護の観点に立った2012年改正を「不合理な規制強化」として、「改正法案の成立後、速やかに2012年改正に関する見直しの議論を開始すべきである」としている。
 グループ企業内派遣の規制、離職後1年以内の派遣受け入れ禁止、日雇派遣の原則禁止は、いわゆる「派遣切り」の多発や、雇用の安定性に欠ける派遣形態の横行などにより、派遣労働者の保護が喫緊の課題とされたことから、2008年11月に当時の自公政権下で国会に提出された労働者派遣法改正法案に盛り込まれていたものであり、これを「不合理な規制強化」と評価することは一方的であるといわざるを得ない。
 特に、「労働契約申込みなし制度」は、欧州諸国においてはすでに類例が導入されているものであるが、日本では初めての画期的な枠組みであり、非正規労働者の権利保護に資するものであり、違法派遣の判断基準について労働政策審議会において検討し、円滑な施行に向けた準備を進めていくことが必要である。

[6]外国人材の受入れ推進に対して
 わが国の外国人労働者の受入れにあたっての基本方針は、専門的・技術分野の人材を積極的に受入れるというものである。しかし「報告」は、この現行方針よりも幅広く外国人労働者の受入れる必要性を標榜し、その具体策として介護分野を含む技能人材の受入れや外国人技能実習制度の利活用拡大などを掲げている。しかし、要介護者の生命・身体に直接かかわる介護分野に、日本語能力や専門性が乏しい外国人労働者の受入れを行うことは大きな問題があるとともに、介護労働者の処遇改善に悪影響を与えるため、安易な検討は適当ではない。また、外国人技能実習制度についても、不適正な受入れ事案が多発している現状に鑑みれば、企業としても、「利活用拡大」ではなく制度の適正化こそ最優先課題として取り組むべきである。
 また、「報告」は、人口減少社会の解決手段の1つとして外国人労働者の受入れ促進を掲げている。しかし、わが国の生産年齢人口は、1995年に8,726万人に達した後に減少局面に入り、このまま推移すれば2030年には6,773万人にまで減少することが見込まれている。そうした中、現在70万人程度である外国人労働者を増加させることが、人口減少社会の根本的な解決手段とはなり得ない。むしろ単純労働分野の受入れは、国内労働市場への悪影響などの懸念が大きい。人口減少社会への対応としては、企業が、若年者や高齢者が安心して働き続けられるための社内制度整備や安心して子どもを産み・育てることができる企業風土づくりに主体的に取り組むべきであって、その解を安易に外国人労働者の受入れに求めるべきではない。

[7]企業内訓練を含む職業能力開発について
 「報告」は、「わが国が持続的な成長を果たすためには、人材力を高めるとともに、人材の最適配置を図り、その能力を最大限活かしていくこと」が肝要であるとしている。こうした考え方に異論はないが、実態としては、企業による労働者への能力開発投資は低下傾向にある。また、正社員と比較して正社員以外へのOFF-JTに支出した費用が4割程度にとどまっているなど、能力開発機会の格差も大きな課題である。日本の成長と競争力を支える源泉は労働者であり、労働者の職業能力を伸ばすことこそが日本の競争力強化につながる。企業はその意味を重く受け止め、非正規労働者を含む全ての労働者が職場で最大限の能力を発揮することができるよう、積極的に労働者の職業能力開発を行うべきである。
 なお、昨年10月から、労働者の主体的な能力開発を後押しする「専門実践教育訓練」制度が開始された。仕事で必要な能力開発は本来企業が行うべきであって、自己啓発などの労働者個人主導の能力開発は企業が行う能力開発の補完であるべきであるが、企業は労働者が働き続けながら安心して「専門実践教育訓練」を受講することができる職場環境の整備などを行うべきである。

[8]最低賃金について
 「報告」では、近年の地域別最低賃金の引き上げ状況について、「大幅な引き上げ額」と断じ、「影響率」が跳ね上がったことを指摘し、「生産性や支払能力に基づかない最低賃金の大幅な引き上げは、市場から強制的に退出させられる企業を生み出すとの危機感を公労使で共有すべき」と主張している。
 最低賃金制度は、いうまでもなく、憲法に由来するセーフティネットであり、最低賃金法第1条で「労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展への寄与することを目的とする」と謳われている。「報告」は、最低賃金額の引き上げを企業経営のコスト増大の面のみで捉えており容認できない。
 労働力不足の中で、働く人々の意欲と能力に応じた働き方がますます重要となるとともに、企業の成長のための大事な資源である「人材」の処遇面での原点でもある賃金のナショナルミニマムをどのように考えていくのかが問われている。また「報告」では、特定(産業別)最低賃金について、地域別最低賃金額が上昇したことを指摘し、「地域別最低賃金額を下回った特定最低賃金は、速やかに廃止すべきである」「地域別最低賃金額以上の特定最低賃金についても、その必要性を含めて再検討する時機にきている」と論じているが、これは本末転倒である。
 連合は、最低賃金法が定める趣旨に鑑み「最低賃金水準」のあり方や「特定最低賃金が設定されている意義」にこだわった取り組みを進めていく。

(3)生産性向上を実現する人材戦略に対して
 連合は、わが国がめざすべき社会像として「働くことを軸とする安心社会」を提起し運動を進めている。それは、働くことに最も重要な価値を置き、誰もが公正な労働条件のもと多様な働き方を通じて社会に参加でき、社会的・経済的に自立することを軸とし、それを相互に支え合い、自己実現に挑戦できるセーフティネットが組み込まれている活力ある参加型の社会である。
 「報告」では、企業にとって好都合な人材戦略と解釈されかねない記載がある。超少子・高齢化、人口減少、労働力不足の社会の中で、生産性向上は必要としつつ、ディーセントな働き方の実現やワーク・ライフ・バランス社会を築き上げていくという視点で議論を進めていくべきとの認識から、連合の見解を示す。

[1]女性の活躍推進に対して
 「報告」では、「女性の活躍推進」についてわが国経済社会の持続的な発展にとって重要な成長戦略であり、企業が厳しいグローバル競争を勝ち抜くために不可欠として、「女性活躍アクション・プラン」を策定し、取り組みを進めているとしている。
 女性の活躍の重要性については認識を同じくするが、女性の活躍推進を人口減少社会への対応と位置づけているところには懸念がある。
 企業の自主的な行動計画策定というかたちで取り組みを促すこと、また、その際には、経営トップの強いリーダーシップの発揮が必要としていることなどについては一定の評価ができるが、行動計画は自社の実情に即したかたちでの策定となっており、日本においていまだ残る性別役割分担意識などの性差別や、賃金などにおける男女間格差を払拭・解消するような抜本的な改善は望めない。
 男性の意識改革をはじめ、すべての労働者の意識改革を進め、女性が活躍できる社会を構築すべきである。
報告の中では、非正規労働者に対する活躍支援の施策について、一切言及されていないが、日本において女性活躍のすそ野を広げるためには、女性雇用者の過半数を占める非正規労働者に対する施策が欠かせない。女性労働者の4割以上が年収200万円以下にある状況下においては(男性は約1割)、格差を是正し貧困を払拭する施策こそ、真の女性活躍に直結する施策となる。
 企業は、一部の管理職一歩手前の女性労働者のみを対象とした施策ではなく、非正規から正規、一般職から総合職への転換制度など、より多くの女性の活躍が可能となる施策を積極的に進め、女性労働者の活躍の可能性をより拡大していくべきである。
 現在、女性の活躍推進については、既に労働政策審議会雇用均等分科会を経て、「女性活躍推進法」が国会に提出される見通しであり、今後は、アクション・プランに加え、この法律にもとづき、より幅広い課題分析を行い、取り組みを公表し、改善していくことが企業に求められる。
 その際には、男女間賃金格差や教育研修の受講率の男女差、雇用の全ステージにおける男女差、ハラスメントの実態など、幅広く分析するべきである。
 とりわけ賃金は男女間格差が最も象徴的に表れる点であり、春季生活闘争においては、賃金プロットなどの分析を行い、格差がある場合には解消する取り組みを積極的に行っていくことが女性の活躍を進めるうえで重要である。

[2]高齢者雇用について
 「報告」は、「高齢従業員を重要な戦力と位置付け、積極的に活用を図る姿勢が大切である。その際、加齢に伴い健康状態などの個人差が広がることから、就業上の安全にも特段の配慮が求められる」と述べている。われわれも高齢者に対し就業上の配慮がなされ、雇用が確保されるべきと考えている。
 経営側は「有期雇用に関する特別措置法が成立したことで、高齢者の活躍の場はさらに広がるとみられる」としている。同法は、有期労働契約が反復更新されて通算5年を超えた場合に労働者の申込みにより無期労働契約に転換することを内容とする労働契約法の無期転換ルール(2013年4月施行)に関して、一部の労働者を対象に特例を設けるものである。しかし、定年退職後も引き続き同一事業主の下で有期労働契約を反復更新している労働者について、希望者全員の65歳までの雇用が確保されてこそ、高齢者の活躍の場はさらに広がっていく。
 また、60歳未満から有期労働契約を反復更新している非正規雇用の労働者については、高年齢者雇用安定法における雇用確保措置の対象外であるが、正規・非正規雇用を問わず雇用形態などにかかわらず、希望するすべての労働者の雇用が確保されるべきである。経営側が「高齢従業員の活躍推進は、企業の成長に欠かせない経営課題」としているとおり、高齢者が働きやすい環境の整備に力を注ぎ、就労を希望するすべての労働者の65歳までの雇用確保に取り組まなければならない企業の責任は重い。

[3]障害者雇用への取り組みについて
 「報告」は、障がい者の雇用者数が11年連続で増加している状況、および障害者雇用促進法の改正への事業主が対応すべき内容について触れている。障害者雇用促進法の改正により、差別の禁止と合理的配慮の提供義務については2016年4月から、精神障がい者を雇用義務制度の対象とすることについては2018年4月から、それぞれ施行されることとなっている。日本が障害者権利条約を批准し2014年2月からその効力が発していることに鑑みれば、障がい者の雇用促進について労使での確実な対応がはかられなければならない。
 現在、労働政策審議会において差別の禁止と合理的配慮の提供に関する「指針」策定に向けた議論が進められている。このうち、合理的配慮の提供が免責される「過重な負担」については、企業の恣意的な判断に左右されるものであってはならない。今後告示される「指針」や厚生労働省が作成を企図している事例集などを踏まえ、合理的配慮の提供が円滑に進められるよう、環境整備の取り組みが求められている。

[4]健康経営の推進
 「報告」は、「企業が従業員の健康増進に積極的に関与することで、生産性や業績の向上を目指し、成長につなげる『健康経営』の取り組みが注目されている。(中略)健康でいきいきと働く職場づくりが、ワーク・ライフ・バランスの推進にもつながる」と述べており、この点については評価できる。すべての世代に対して健康経営の取り組みを行うことは労働者の健康はもとより、企業の発展にも資するものであり、積極的な取り組みを進めるべきである。
 また、メンタルヘルス不調の未然防止のためには、職場環境の改善による心理的負担の軽減(職場環境改善)や、労働者のストレスマネジメントの向上(セルフケア)が重要となる。「報告」は、「健康経営の取り組みは、経営上のリスクを管理するうえでも有効である」と述べている。労働者の心理的な負担の程度を把握し職場環境の改善につながるストレスチェック制度は、地道で綿密なメンタルヘルス対策の第一歩と捉えており、連合としてもこうした考え方について異論はない。職場のメンタルヘルス対策については、使用者側も労働政策審議会において、すべての事業場において受診を義務化するべきであると同意しており、この点を踏まえた取り組みを進めるべきである。
 さらに、「報告」では、「『自らの健康は自らが守る』という強い意志を持つことが期待される」と述べている。しかし、事業者は、単に労働安全衛生法に定める労働災害防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康の確保に努めることが求められるべきである。

[5]仕事と育児・介護等との両立に対して
 「報告」では、いわゆる仕事と家庭の両立の現状について、「社会的な男女の固定的役割分担意識によって、育児や介護の負担が女性に偏るケース」について触れており、これを率直に評価したい。
30代男性の約2割が週60時間以上働き、また6歳未満の子どもを持つ夫の家事・育児関連時間が1時間程度、男性の育児休業取得率2.03%などの現状は、仕事と生活の調和にはほど遠く、男性の働き方の見直しが急務である。労使一体となって、長時間労働の是正および性別役割分担意識などの差別的な意識の払拭に全力で取り組み、男女が共に役割と責任を分かち合う社会の構築をめざす。
 一方で、両立支援の方向性においては、「周囲の温かな支援・協力」を挙げている。周囲の支援は極めて重要であり、職場の両立支援可能な環境整備に必要不可欠である。しかし、そうした支援は制度との両輪によってこそ成り立つものであり、個々人の「意識」のみに依るべきものではない。そのため、休業などの期間の延長や所得保障、柔軟な休業等の取得などの法制度の整備も同時に求められている。
 加えて、育児への支援に関して、2015年4月から「子ども・子育て新制度」が開始されるが、この制度の実施に向けて、積極的な取り組みが必要である。

以上