格差社会のカラクリとソコアゲの作法 特別座談会~浜矩子教授 × ワーキングピュア~

2016年7月7日

連合が全国で展開する「クラシノソコアゲ応援団! 2016 RENGOキャンペーン」

「暮らし、苦しくなっていませんか?」「その仕事、きちんと報われていますか? 」「老後や子育て、不安はありませんか? 」「いまの政策、働く人が主役ですか?」と投げかけてきたが、その答えを突き詰めれば、真っ只中の参院選の意義も見えてくるはず。

連合で働く20代・30代の若手メンバーが日々の疑問や不安を浜矩子同志社大学教授と語り合った。

 

 

「豊かな日本」に広がる極限的な苦しさ

 

―今日は、連合の若手スタッフの素朴な疑問や不安を浜先生に解き明かしていただければと思います。

酒井 私は、大学を卒業し、連合に就職して今年で5年めです。非正規労働センターを経て、現在は労働条件・中小労働対策局で春季生活闘争や最低賃金に携わっています。

新卒採用はここ1、2年で好転したと言われますが、5年前はまだまだ「就職氷河期」で、正社員の内定が得られず、契約社員や派遣で働くしかなかった友人もいます。非正規で働く友人は本当に生活が苦しいと…。連合はまず「誰もが時給1000円」の実現をめざしていますが、それでも十分ではありません。さらに地方では、600〜700円台の時給で働いている若者がたくさんいます。とても将来の希望なんて持てません。

佐藤 私は、大学・大学院でジェンダー論(社会学)を専攻し、民間企業を経て連合で4年めを迎えた30歳です。男女平等局で女性活躍推進などの政策を担当しています。 選挙とは、一人ひとりの有権者にとって、どんなふうに生きていきたいのかという人生の選択ではないかと思います。「暮らし、苦しくなっていませんか?」という問いかけで、ずっと気になっていたのは、同じ「苦しい」という言葉を使っていても、働く人の生活実態にはかなり幅があるということです。「食費を切り詰めている」という派遣社員の友人と、「車の維持費がかさむ」と嘆く外資系企業の正社員の友人の「苦しさ」にあるこの落差はいったい何だろうと…。

 私は、関西の大学を卒業し、地元の企業で3年間働いた後、上京して連合に就職しました。まだ2年めですが、『月刊連合』の企画・編集などの情報発信や、ワークルール教育関係を担当しています。

地元で働いた経験から、地方と首都圏の教育や雇用機会の格差が深刻になっていると感じます。地方では就活にかかる交通費が捻出できないから、条件が悪くても地元に就職するしかないという学生がいます。大学生の2人に1人が利用している奨学金の問題もあります。私の友人は、その返済があるため、結婚をためらっています。どうして日本は、若い人にお金をかけないのか不思議です。

 かつては、みんなが同じ問題を抱えていたから、「一人はみんなのために みんなは一人のために」という労働運動が共感を集めることができました。ところが今、労働者は多種多彩で、おっしゃるように「苦しさ」の中身がまったく違う。そういう中で、「暮らし、苦しくなっていませんか?」と問いかけるのであれば、その最悪な姿はどういうものか、それはどんな背景から生じているのか、問題の核心を探り出す必要があります。


最悪の苦しさとは、生存権が脅かされている状態です。例えば交通費が払えなくて就活ができないのも、雇用機会が奪われている差し迫った事態だと言えます。この「豊かな日本」に生存権が危うい人たちがいる。そして、その背景にあるのは安倍政権の経済政策。私的に言えばこの「アホノミクス」こそ、最悪の苦しさを放置し、拡大再生産している元凶です。安倍首相は、「強さと力」に固執し、「弱者救済」という経済政策の根源的なテーマにはまったく関心がありません。

 

 

幻想をふりまく言葉と生活実態のギャップ

―働くことをめぐっては?

 身近に過酷な労働に苦しんでいる人がたくさんいます。労働基準法は最低限の労働条件を定めていて、8時間労働制や時間外労働に対する割増賃金を支払うことは、当然守られなければいけないのに、そんなワークルールがあることを知らず「残業代なんて出ないのが当たり前」だと思い込んでいるんです。

酒井 毎日毎日長時間労働を強いられるブラックな職場で、精神的に追い詰められている人は、私のまわりにも何人もいます。

 ブラック企業の労働環境は、18世紀の奴隷制の時代に逆戻りしたかのようですね。労働法制に対する認識もいつのまにか揺らいで、「労働規制に縛られず、自由に働けるようにしよう」という論調が強まっている。アホノミクスが言う「世界一企業が活躍しやすい国」にするために、世紀を越えて闘い取られてきた労働者の基本的人権が剥ぎ取られようとしています。労働組合は、なぜ1日8時間労働制ができたのか、労働者保護ルールが整備されてきたのかを、あらためて知らしめていく必要がありますね。

酒井 そうですよね。ただ、「政府が賃上げを要請」「同一労働同一賃金を検討」というニュースを見て「安倍首相は働く人のことを考えてくれている」と思っている友人は少なくないんです。「アベノミクスで雇用が拡大した」と言われると、そうかと思ってしまうんです。逆に労働組合が粘り強く賃上げ交渉をし、非正規労働者の処遇改善に取り組んでいることはあまり知られていません。

 安倍首相は「有効求人倍率の1倍超え」をもって「雇用改善」を強調していますが、これは数字のまやかしです。人口減少や雇用保険の受給要件が厳しくなったことから、母数となる有効求職者の数は、この3年で45万人近くも減っている。雇用増加も、その多くは「非正規」です。一方で、消費動向はまったく改善していません。

政権が「成長と分配の好循環」や「同一労働同一賃金」を言わざるをえなくなったこと自体、アホノミクスの破たんを示すものですが、確かに労働組合にとってはやりにくい。でも、よくよく見れば、賃上げを要請したというポーズだけで、その実績は問わない。「同一労働同一賃金」も「世界一企業が活躍しやすい国」との整合性が見えない。

実は、「政府は、われわれが望むことを言ってくれる」と人々が感じる時は、本当に危ないんです。統制経済に向かう典型的なプロセスです。今、そういう瀬戸際にいることを認識し、幻想をふりまく言葉と生活実態のギャップをもっともっと追及していくべきです。

佐藤 生活実態に差がある多様な労働者をひとくくりにして訴えるのには、無理があるのではないでしょうか。労働組合は「数が力」と言われますが、多様な背景を持つ多様な労働者に対して、労働組合がどうアプローチしていけばいいんでしょう。

 今、労働世界は、個々の労働者が、自分の幸せを最大化しようとする結果、みんなが不幸になるという「合成の誤謬」が起こりやすい状況にあります。しかも労働者を分断していくような労働政策がどんどん進められている。「数の力」をもう一度高めるためにも、労働運動は「基本的人権を守る」ことに徹していくべきでしょう。そこで重要なキーワードが「ディーセント・ワーク」です。生存権は、ディーセントな状態で生きながらえることができる権利であり、それは基本的人権の最も基礎的な部分を形成しています。基本的人権を守り、ディーセント・ワークを実現していく。その視点で考えれば、多様な労働者も、他者の「苦しさ」を受け止め、共通認識を持って一致団結できる。労働運動は人権運動であることを前面に打ち出し、先手、先手を打ちながら、多様なる者がともに支え合う「労働の世界」をつくり上げてほしいと思います。

 

 

メディアは引き寄せるもので追いかけてはいけない

 「保育園落ちた 日本死ね!」のブログが反響を呼びました。連合として待機児童問題や介護離職防止、保育士や介護スタッフの処遇改善にも取り組んでいるのですが、一人ひとりのテーマに深く関わりきれないもどかしさがあります。

 その気持ちはよくわかります。でも、差し当たり具体的に何かできないとしても、その問題をどう考えているのかは、即答できないといけない。その痛みを自分の痛みとして受け止め、胸が張り裂けそうだという思いは伝えていかなくてはいけない。

佐藤 安倍政権は、女性活躍や若者支援をアピールするのが上手で、メディアもそれを追いかける。報道では、政権に都合の良い見出しが並んでいるように思えてならない。しかし、連合の一貫した主張や取り組みはぶれない分、変化が少ないからか、なかなか報道されません。

 メディアは引き寄せるものであって、追いかけるものじゃないんです。追いかければ、むしろ離れていく。労働運動が、ぶれることなく人権の守護神として、そこに存在するようになれば、メディアの側が追いかけてくるはずです。

 

絶望がもたらす幻想から絶望をバネにした怒りの焦点へ

酒井 それにしても、問題を抱えて苦しんでいる人がたくさんいるのに、政治はどこを見ているんだろうと思います。

 アホノミクスにおいて、「弱者」はひたすら足手まといな存在です。さすがに「切り捨てる」とは言えないので、強いものをより強くすれば、下々にもそのしずくが滴り落ちるというトリクルダウンを説くわけですが、その論理が行き詰まっていることは明らかです。そろそろアホノミクスの目的、その「下心」を見抜いておく必要がある。「強い日本を取り戻す」というのは、端的に言えば、「戦争ができる国」である大日本帝国に立ち戻ることであり、強兵のための富国政策がアホノミクスなんです。

佐藤 でも、多くの国民はそれを見ようとしない。民主党政権は、党内の議論も含めてオープンであったことが、国民には「混乱」に見えた部分もあったようですし、政権への「不安」を募らせる一因になったとの声も聞きました。それに対して、安倍政権は徹底して情報を管理している。国民の側も、細かいことは知らなくていいから安心したいという気持ちがあるように思えます。

 安倍首相の「言い切る強さ」に惹かれている人もいますよね。

 そうなってしまうのは、労働組合が軟弱だからではないですか。安倍なるものへの親和性は、アメリカのドナルド・トランプ旋風と同じ現象です。「強い日本を取り戻す」と「アメリカを再び強い国にする」というのは、まったく同じメッセージ。弱くて追い詰められていればいるほど、力と強さを誇張するメッセージに魅力を感じてしまう構図がある。歴史を振り返れば、ヒトラーの独裁政権もそうです。人々は深い絶望から「幻想」に託そうとしてしまう。非常にヤバい状況です。

―ズバリ、今回の参院選挙の意義とは?

 今ヤバい状況だと言いましたが、逆に言えば、この参院選は、アホノミクスをテコにまともな政治を根付かせる転換点にもできると思います。絶望から「幻想」に引き寄せられる人たちがいる一方で、絶望をバネに「怒りの焦点」が結ばれつつある。だからこそ、相手は必死で分断と孤立を仕掛けてくる。その攻防が剣が峰にきているという感があります。百年後、「安倍政権は寝た子を目覚めさせ、日本の民主主義の高度化に貢献した」と評価されるかもしれません。

―若い世代に期待することは?

 若者の鮮烈な怒りをガツンと表明してほしい。問題の本質はどこにあるのかを自ら見つけ出してほしい。それを発見した時のワクワク感ってすごいし、「これだ!」っていう感覚を持って盛り上がっている運動からは、人を引き寄せる言葉が生まれてきます。

酒井 地道にマジメに、やりがいを求めて仕事する20代の若者たち、ワーキングピュア世代が目覚めたら、爆発的な行動力があるかも。

佐藤 するとメディアも引き寄せられる。

 若い人たちが「労働組合」や「連合」と聞くとワクワクするように発信していかないと!

 運動ほどワクワクするものはないんです。政治が政治である以上、中立なんてありえない。政治とは人々の主義主張のぶつかり合いの中から出てくる方向性です。そんな政治を見る目を養うために有効なのが、「アラ探し」。「政治謎解き名探偵ゲーム」のような仕掛けを考えれば、もっと政治が身近になるかもしれませんね。

―浜先生、ありがとうございました。

 

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浜 矩子
 同志社大学大学院ビジネス研究科教授
1952年生まれ。一橋大学経済学部卒業。1975年三菱総合研究所入社。ロンドン駐在員事務所所長、同研究所主席研究員を経て、2002年より現職。専攻は、マクロ経済分析、国際経済。
著書に『地球経済のまわり方』『国民なき経済成長 脱・アホノミクスのすすめ』『さらば アホノミクス 危機の真相』『アホノミクス完全崩壊に備えよ』など多数。

 

 

 

ワーキングピュア@れんごう


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酒井裕美子
連合 労働条件・中小労働対策局

 

 

 

 

 

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佐藤太郎
連合 男女平等局

 

 

 

 

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境 友梨子
連合 広報・教育局

 

 

 

 

 

 

※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2016年7月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはをこちらご覧ください。

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